戦争と傘

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 ふと視線を上げて田舎道の先に目をやると、見覚えのある二人組が自転車に二人乗りで近づいてきていた。次の瞬間、すれ違いざまに耳元で何かが炸裂した。爆竹だ。その二人は一人が運転、もう一人が爆竹に火をつけて投げて寄越すという器用な芸当をやってのけた。二人揃って 「あれ返せ!」 と言う……。思い出した。あの森の中でせっせと物資を蓄えていた二人だった。のっぺり顔としゃくれ顔だ。  彼らはすかさず反転し、第二波が訪れた。今度は爆竹が体に当たり、ズボンが少し焦げた。頼りのガキ大将はいない。一対一でも勝てる気がしないのに、二対一だ。勝ち目はない。とは言え、今更物資を返せと言われても後の祭りである。  二人が新たな波状攻撃の体勢に入ったその時、自分が右手に武器を握りしめている事に気がついた。傘だ。最初は驚いたが、三度目となれば話は別だ。第三波をギリギリまで引きつけて、自転車の前輪に閉じた傘を投擲やりの如く投げ込んだ。相手が少し滑って転んでいるうちに、道端の林に逃げ込もう、という算段だった。しかし、現実はもう少し激しい展開となった。  前輪が突然止まった事で行き場を失った運動エネルギーは、自転車を進行方向に大回転させた。工場の巻き込み事故を連想させる大惨事だった。二人は跳び箱の選手のように跳ね上がり、そしてアスファルトの地面に叩き付けられた。倒れた二人と壊れた自転車を目の当たりにして、自分の行いに恐怖した。  曲がった傘を咄嗟に回収し、家の方向に全力で走った。傘には名前が書いてあった。相手はこちらの名前を知らないはずだ。あの場に傘があるとマズかった。名前がバレる。かといって、ひどく曲がった傘を持ち帰ったところで、親に上手く説明する自信も無かった。走りながら考えた末に、傘は途中のドブ川に捨てて証拠を隠滅した。
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