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4:約束
「ツッチー、知らない間に彼女できたん?」
横からスマホを覗き込みながら直樹が言う。慌ててスマホの画面を閉じながら「えっ?」と聞き返す。
「最近、よくニヤけながらラインしてるぜ」
「そんなんじゃねえよ。まずその前に人を箸で指すのはやめろ」
丼を抱えたまま、箸でこちらを指す直樹を注意する。直樹とはバイト後にちょくちょく飯に行く。金のない高校生にとってワンコインでお腹を満たせる牛丼店は強い味方だ。
「あ、あれだろ? 例のエレメンタルファンの女の子! 前に一緒にライブ行ったとか言ってなかったっけ? 結局、あれからどうなったんだよ? 付き合ったの?」
「質問は一回につき一問!」
矢継ぎ早に繰り出される直樹の質問に牽制を入れる。
「付き合ってるの?」
「付き合ってない」
「いい感じ?」
「……ノーコメント」
今度は少し間ができてしまった。すかさず直樹は納得したように「いい感じなわけね」とうんうんと頷きながら牛丼を口に運ぶ。お父ちゃんは何でもわかってるよと言うような態度に腹が立つ。
月島との関係がいい感じなのかと聞かれると決して悪くはない。
あのインストアライブ以降さらに普段の会話も増えた。ラインのやり取りも毎日のように行う。あくまでエレメンタルの話が中心だが、そうじゃないラリーが続くこともある。甘いものが好きなことも、弟がいることも知った。
でも、そこまでだ。
そこからもう一歩踏み込むようなこともないし、自然とおつきあいに発展するような雰囲気もない。そもそも自分自身がそれを望んでいるのかもわからない。
……いや、それはたぶん嘘だ。
今の付かず離れずの距離が心地よい。エレメンタルが二人を繋ぐ秘密の鍵になっている特別感も同じく心地よいものだ。それでも月島がその先を望むのなら自分は簡単にそれを受け入れるだろう。結局、今の関係が壊れる最悪の事態を想定して、前にも後ろにも進めないのが今の自分だ。
大きくため息ついたのを直樹はあざとく見逃さない。
「ツッチー、ため息つくと幸せ逃げるぞ」
おじさんのようなことを言う直樹に「はいはい」と適当に相槌を打って返す。高校では別々になったがバイト先が一緒なので、もうかれこれ直樹とは十年近くの付き合いだ。優柔不断な自分の気持ちも何となく伝わっているのかもしれない。
「まあ、いろいろ悩むのも青春だよな」
丼に残ったご飯粒をかき集めながら直樹が独り言のように言った。
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