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№9
あれから一月ほど経ったある日、裕の住むお父さんのお店の前で人の話声がする。
「あそこの・・ほら電線に止まってる燕居るやんか」
「それがどないしたんや、そら燕も電線に止まるわいな」
「しやけど、もう三十分ぐらい止まってるで・・じ~と」
「それは長いわなぁ、ありゃメスかな、タキシード着とらんもんなぁ」
「もしかして裕ちゃんの、あの燕かも?」
それからしばらくすると裕が図書館から帰ってきた。本当か?図書館で宿題をして来たらしい。
人だかりに裕が驚いた。
「どないしたん? 何があったん?」
裕が尋ねると、群れの一人が電線の燕を指さして言った。
「裕ちゃんあれ観てみ、あれて裕ちゃんが育ててたチビちゃんと違う?」
言われるまま裕も電線の燕に視線を移し、小さく呟いた。
「チビ・・」
裕は居宅側玄関の扉の施錠を解除すると、靴を蹴散らかし一気に階段を駆け上がった。
二階のベランダと燕が止まる電線とはほぼ同じ高さである。そのベランダの手すりに体を預けた裕は三メートルほど前に止まる燕と目が合った。
「チビか・・? もうチビとちゃうわな、こんなに大きくなったんやもん、もう旅たちやな・・サヨナラの挨拶に来てくれたんか、しっかり飛び続けるんやで南の国までは遠いからな、でもお前やったら行ける!」
冬の日本では餌になる昆虫が居なくなる。だから暖かくなる南半球に渡るのが渡り鳥だ。
ただ別れを告げに来ただけなのだろうか? チビが鳴き始めた、何を言ってるのだろう?
『お世話になりました、お陰様であれから私、遅くも結婚しました。子供もできました。でも、もうみんなと明日旅立たなければなりません』
『だから、挨拶に来てくれたんやろ、来年またおいでよ、今度は儂とこに巣造りして儂とこで子供育てたらええやん』
エッ⁉ 裕って燕の言葉分かるんですか? そりゃ3週間も一緒に居たのですから分からなくもないが、それで?
『頼みと言うのはそこなんです、来年でなく今年じゃ駄目でしょうか?』
『エッ!どういうこと?』
『ベランダに置いてあるバケツの中見て頂戴』
裕が隅っこに置いてあるバケツの中を恐る恐る覗いてみた。驚いた、そして叫んだ。叫ぶのには無理はない。バケツの中には三羽の雛が『ジャジャジャジャ‥』餌をくれと大きな口を開けていた。
「おいチビ!」
裕が振り返ると既にチビの姿はなく、黒くすすけた電線だけが笑っていた。
―完―
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