大好きなフライドポテトをみんなに届けたい男の話

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 私の名前は田所修。年齢は四十六歳、嫁なし、金なし、持ち家なし。  仕事は工場勤務、週六日働いている。趣味はないが、好きな食べ物はある。 「田所さん、結婚願望とかないのかな。ほんと、変な人だよな。休日も返上して働いてるらしいぜ」 「ああいうのはどこか壊れてるからな。幸せとか考えた事がないんじゃないか」  同僚の陰口は聞きなれている。 「にしても、早く辞めたいよ。こんな地獄みたいな職場」 「同感だ。毎日毎日こんな糞みたいな人生、田所さんは何が楽しいんだろな」  彼らが愚痴を零している中、私は静かに笑みを零していた。  幸せとは、他人が決めるものではなく、自分で決めるものだ。  今のようなSNS社会において、私たちは幸せの定義をはき違えている。  外見だけで物事を評価し、本質を見ようともしない。  私は問いたい、君は本当に幸せになる為に動いているか、と。  わからない? そうだな、少し昔話をしようか。これは私が本当の幸せを手にするまでの話だ。  二十年前、私はとある上場企業に勤めていた。 「田所さん、この前の取引先が是非うちと仕事がしたいそうです。本当に凄いです。誰も取れなかったんですよ!」 「そんな驚くな。相手の欲しい情報を与えれば楽なものだ。無駄口を叩かずに君も仕事をしろ」  大学を飛び級で卒業、年収は一千万を超えていたが、私は幸せを感じられていなかった。  何もかもが簡単で、思った通りに物事が進んでしまう。他人より頭が良いのは私にとって楽しいものではなかった。  嫌味に取られても構わないが、それが真実だからだ。  仕事が終わって自宅に帰る前、私はいつもお店でテイクアウトをする。これだけが、私の唯一の幸せだった。 「すみません、フライドポテトをお持ち帰りで」  この言葉を言いたいがために仕事をしていると言っても過言でもはない。  一口食べるとサクサクとしたジューシーな味わいが口いっぱいに広がる。  もちろん、居酒屋で出る皮つきのポテトも好物だ。細いのもいいし、なんだったら冷凍だって構わない。  私はフライドポテトを食べている時が、至高の時間なのだ。  しかし、ふと考えた。私ほどフライドポテトが好きな人はいるのだろうか? いや、いるはずがない。そんな奴に会った事はない。  気づけば、私は会社を辞めていた。日本中のフライドポテトを食べ歩きながら、ある夢を叶えようとしていた。  それはフライドポテト屋さんだ。私好みの形、味を再現したいと思ったのだ。しかし、ふと思う。私は世界を見ていない。  気づけば飛行機に乗っていた。今までの全ての貯金を使い果たし、フライドポテトを世界中で食べ歩いた。そしてまた思う。  もしかすると宇宙にもフライドポテトがあるかもしれない。それで果たして最高のフライドポテトを作れるのだろうか。  翌年、私は宇宙飛行士になる為、試験を受けていた。思いのほか難しかったが、私のフライドポテトの熱意に比べれば大した事はなかった。  翌々年に合格、数年後、私は宇宙飛行士として月に行こうとしていた。  だが、本当の目的はそうではない。勿論誰にも言わなかったが、私は任務を終えると同時に一人で宇宙を飛び出す計画を立てていた。  燃料はおよそ十年は持つ計算だ。それだけあればどこかの惑星に辿り着けると思っている。根拠はないが、フライドポテトは沢山持ってきている。  ロケットが発射。私は夢を叶える為に宇宙へ飛び立つ。しかし、生まれて初めて地球を見た時に気づいたのだ。  自らの欲を叶えるのはなく、フライドポテトが好きな人たちに同じ感動を届けることが私の本当にやりたいことなのだと。  そうして任務を終えると私は宇宙飛行士を引退。とある工場でフライドポテトを揚げる仕事に就職、数年後に管理者となる。  これが私の人生で、今が最高潮なのだ。  このように人の幸せは他人が判断できるものではない。地位や名誉、お金を手にしても私は幸せではなかった。  これを見ている君に問う。君は本当に幸せか? 他人の意見に振り回されていないか? それで、いいのか? と。  私は言える。確実に言える。今が一番幸せだと。  もし君が悩んでいたら、勇気を出してほしい。自分の為に動いてほしい。己の欲に忠実でいてほしい。  こうしているうちにフライドポテトの揚げ終わり時間が来てしまった。私は行くよ。  短い時間だったが、私の話を聞いてくれてありがとう。  良ければフライドポテトを食べるたびに思い出してほしい。  今自分は幸せの為に動けているか、と。
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