# I love you, too

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# I love you, too

 最初、壁際のハイテーブルに一人でいるところを見た時、俺の好みのど真ん中だと思った。  指の長い骨ばった手が色っぽくて、見惚れた。その手がグラスを掴んでジンライムを飲み干すまでを目で追って、その顔の造作がとんでもなく整っていることに気がついたのはその後。フットワークの軽さが身上の俺としては、これはもう行くしかないっしょ、とグラス片手にそのテーブルに乗り込んだ。 「いい時計してんね」  名前のわからないそいつの腕には、年代物のグランドセイコーが嵌っていた。ハタチそこそことおぼしき年の頃に似合わない渋いチョイスだが、俺の目には粋がったピカピカのロレックスより好ましく映った。  その男は急に話しかけられて面に驚きを浮かべたあと、小さく笑った。わずかに口元を緩めただけの表情でも、整った顔立ちのつめたい印象が少し和らぐ。 「ああ、これ?親父のお下がり。若い頃ボーナスはたいて買ったんだと」  父親がスマートウォッチを使い出してからすっかりお蔵入りしていたそいつを貰い受けたのだと説明して、「こういう、使い込んだものが好きなんだ」と言った。指先がそっと時計のフェイスに触れる、その大事そうな手つきはやっぱりすごく色っぽくて、欲望の火が身体の奥にポッと灯るのがわかった。 「へえ……いいね」  その手で触れられたい。そう思ったのが、貴文―――フミとのはじめの始まり。
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