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#1
十年来の友人が一世一代の失恋をした。
浴びるように自棄酒を飲むこの男に延々と付き合わされて、ただいま午前一時。終電はとうにない。
大学院二年目の9月、夏休みかつ就職内定済みで人生最後のモラトリアム期間中のこととて、このまま夜通し付き合う羽目になっても大して困りもしない。明日の予定といえば、修論の資料を漁りに図書館に行くくらいのものだ。
「ゆっくり考えてくれって言ってるのに、なあんでこんなにすぐ結論出してきちゃうんだよ……もうちょっとチャンスをくれてもいいじゃんか……」
「焦ったのはお前だろ。いくらなんでも勝負かけるのが早すぎんだよ」
「そんなんわあってるよ……傷口に塩、ぬるんじゃないよ…もっと優しく慰めろよ」
「秀、お前ね、俺が何時間同じ話聞いてやってると思ってんの。むしろ優しさしかねえだろ」
こいつはあまり酒に強くない。それが店を三軒梯子して延々と飲んでいるのだから、へべれけだ。
「ほれ、水飲め水」
「んー……」
素直にグラス一杯のお冷を飲み干して、カウンターに突っ伏した秀は、そのまま静かに沈没した。おい、と肩を揺すっても起きやしない。やれやれ、どうするよ、これ。
などと言いつつ、どうせこんなことになるだろうと奴の一人住まいの近くで飲んでいた。会計を済ませ、無理やり叩き起こした足元ふらふらの酔っ払いをタクシーに押し込んでワンメーター。マンションに着いたら靴を脱がせてベッドにこいつを放り込んで任務完了だが、今から自宅に戻るのは面倒くさすぎるから、ここのソファが俺の今夜の寝床だ。
勝手知ったる他人の家の冷蔵庫から取り出した缶ビールを開け、半分ほどを一気に飲み干す。冷えた炭酸が喉を滑るのが心地いい。家主の許可?知るか。因みに俺は奴と違ってアルコール耐性が高いので、ビールなど水代わりだ。飲み切った缶を流しに置いて、ソファにゴロリと転がった。
夜の静寂に鼻を啜り上げる音が微かに聞こえる。泣いてんのか、あの酔っ払いは。俺がここに寝ていることをわかっていないのかもしれない。
ばかなやつ。
声に出さず呟くと、胸の奥のほうがちくりと痛んだ。
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