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「あー……理由とか、聞いてねえの?」
「……自分は結婚に向いてないって。そもそも結婚にいいイメージがないからってさ」
彼女の家はかなり保守的な考え方をする家で、家風に馴染めなかった母親が弾き出されるように家を出た、というのが「お母さんがいない」の真相だった。そりゃあ結婚というものにネガティブにもなる。
「そんなんだから、中高生の頃はいろいろしんどくて生活も荒れてたらしい。教授とも仲良さそうに見えたけど、関係が良くなったのはつい最近だって。俺、知らないでしょっちゅう家族の話とかしててさ。どんな気持ちでそれ、聞いてたんだろ」
「それは、知らなかったんならしょうがないだろ」
「そうなんだけど。言ってくれればよかったのに、て思うよね。俺が脳天気すぎて言えなかったのかな」
似合いもしない顰めっ面で、失恋ほやほやのくせに、自分を振った相手の気持ちばかりを慮っている。……お前はそういう奴だよな。
「言えなかったんじゃなくて、単に言いたくなかったんじゃないの」
「え?」
「しんどいことにずっと向き合ってたら、辛くなる一方じゃん。相手に知られていないから自分も忘れていられるってことも、あるんじゃねえの。明るくて楽しいことだけ共有したいとかさ。それは生きるための知恵みたいなもんで、別にその相手を軽んじてる訳じゃないと思うけど」
「……貴文にもあんの?そういうこと」
「さあな」
秀がこっちを見ていることは分かっていたが、素知らぬ顔でジンライムのお代わりを頼む。
叶わなかった初恋の話など、一生言うつもりはない。くだらない話でバカみたいに笑って、落ち込んだら酒を飲んで、ムカつくときは文句を言って、いい報せには一緒に喜んで。そんな優しい記憶が重なって、いつか古い傷跡を覆い隠したらいい。そう思ってきた。
まあ、そんなふうに中途半端な態度だから、新しい恋愛をしようにも、いつも上手くいかないのかもしれないが。今回もまた『結局本気で向き合う気がない』と痛烈なダメ出しを食らって、背中を向けられた。もう終わりかもな、と思う。
「ふうん…….」
そう呟いて、秀は黙ってしまった。ぼんやりと水滴をまとったハイボールのグラスを揺らしている。
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