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#4

 翌日、俺が目覚めたのは太陽も高く上った昼近くのことだった。  不規則な足音に続いて、グラスに水を汲み、一気飲みする気配に重たい瞼を押し上げる。 「うえぇ……頭いてえ」  グラスを置くと同時に爽やかさとは程遠い呻き声を上げているのは、もちろん秀だ。 「……おー、今何時だ?」 「さあ、十時は過ぎてるかな」  遮光カーテンのおかげで室内は薄暗さを保っているが、その隙間から差し込んでくる陽射しはすでに強い。 「二日酔いか?」 「そう、久々に強烈なやつ……あー気持ちわる。そっちは?」 「まったく」 「卑怯な肝臓だ」 「お前ほど飲んでねえもん」  俺の肝臓のチートぶりを知っているわが親友は、そうかあ?と疑わし気だ。はは、どうせ自分が何杯飲んだかもろくすっぽ覚えてないくせに。 「……昨日はありがとな」 「おー」 「俺、自分の分払った?」 「二軒目は全額払うって聞かなかったから、奢ってもらったよ。ご馳走さん」 「ありゃ、今月は俺、金欠なんだけどな」と秀が苦笑する。 「ふは、まあ愚痴聞き代ってことで。ちっとはスッキリしたか?」 「んん、まあね。……立ち直るには、さすがにもうちょっと時間が欲しいけど」  小さくため息。冴えない顔は、二日酔いのせいばかりじゃないだろう。  女と別れた後、秀がこんな風に落ち込むのも初めてのことだ。それを見て、不意に胸にこみ上げるものがあった。 「別れたくないって言ってみれば」 「え?」 「まだ間に合うかもよ。縋ってみてもいいんじゃないの?そんなに好きなら、さ」  ぽろりと俺が溢したらしからぬ言葉に秀は少し驚いたようだったが、もっと驚いたのは俺自身だ。執着心など持ち合わせがないようなドライでスカした男、それが俺の外面で、今のセリフはそのイメージにまるでそぐわない。でも本音だった。  ずっと疎ましくて、彼女を秀から遠ざけたかったくせに、いざそうなったらなったで今度は引き止めたくなっている。  秀の傍らで過ごした人生の半分。それは、真夏の雪を待ち続けるような歳月だった。  べったりと二人組でいた中高時代は、逃げ場のない熱に身を焦がしながら、あるはずもない降雪を(こいねが)っていた。苦しみと喜びが分かち難く混ざり合ったあの日々は、俺の一生で一番感情密度の高い時間だったに違いない。
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