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 あの頃と今を比べれば、秀との時間は随分少なくなった。大学院を出て社会人になればさらに減るだろう。きっと年に数回会うかどうか、その先は、それぞれの人生を積み上げながら自然と遠ざかっていく。そこに一抹の寂しさはあれど、痛みはもうない。  ただ、そんな未来を前にふと俺は、秀が初めて本気になった恋の成就を見届けたくなった。それが、過ぎゆく季節の締めくくりにふさわしい気がしたのだ。求める筋合いのない、自分勝手な願いだとは分かっているけれど。  少し考えた後、「……格好をつけるわけじゃないけど、それはできないかな」と秀は言った。 「なんで」 「彼女、やりたいことがあって休学するんだって。ひょっとしたらそのまま大学辞めて、海外に行くかも、そういう女は俺の人生設計に合わないでしょうって言われてさ」  へらりと秀が笑った。どこか痛んでいるのを誤魔化すような笑顔だった。 「結構刺さった。結婚したいって言いながら、あの子が将来やりたいこととかキャリアとか全然興味持ってなくて、俺の人生に合わせてもらう前提でしか考えてなかった。図々しい話だろ。向こうはさ、俺の希望も家の事情も全部考えてくれて、その上で結論出してきてるんだ。もうなんも言えないよな」 「……ふーん…」  秀は秀で、何か一つ区切りを迎えたのだと理解した。人は誰しも、失う痛みを知らずに大人になることはできない。挫折らしい挫折もなく生きてきた秀にとって、きっと今がその時なんだろう。  「あーあ、みっともないな。俺も貴文みたいにスマートに振る舞えたらいいのに」と自虐的に笑う秀に、「俺の、どこがだよ」と返す。 「イケメンだし、モテモテだしクールでさ。そのうえ親友のヤケ酒に一晩付き合っちゃうくらい面倒見がいいし?」 「ばーか」  思わず苦笑が漏れる。つい最近、真逆のことを言われたばかりだ。 『自分のこと、クールとか思っちゃってんの?』  自分はそうは思わないと言いたげに口を歪める、皮肉っぽい笑顔が脳裏に浮かぶ。   「お前のほうがよっぽどまともな、(じつ)のある生き方してるだろ」  自分の本音に向き合うことも覚悟を決めることもできない俺はいつも中途半端で、それを誤魔化すための無関心を装ってばかりいる。人として足りないのはもちろん俺の方だ。
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