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奴が恋に落ちたのは、世話になっている教授の娘だった。研究室を訪ねた時に、たまたま父親のところに来ていた彼女に出会ったらしい。彼女はうちの大学の新入生で、「いろいろ教えてください」と微笑みかけられたのだとかどうとか、やけに赤い顔で熱弁を振るっていたことを覚えている。
それからというもの、指導教員でもない教授の研究室に足繁く通うことしばし。
「今日、会えた!かっわいい…」
そりゃよかったな。
「図書館で偶然会って、隣で課題をやった」
中学生か。
「学食で見かけたけど、声かけられなかった。豚キムチ丼食った後だったから、匂いがさあ……」
乙女か。
教授の目を気にしたのか、映画だの美術館だのやけにお上品なデートの末、念願かなって愛しの彼女と付き合い出した奴は、まさしく首ったけと表現するにふさわしいのめりこみようだった。口を開けば惚気の嵐。
お前、そんな奴だったっけ?初カノでもあるまいし。歴代の元カノは大体知ってるけど、あの子達にはもうちょいクールに振る舞ってなかったか?
人畜無害そうにしていながら、その実こいつは結構モテる。人柄もお育ちもおつむの出来もよろしく、顔面偏差値だって悪くない。顔だけはいいが人徳はないと評される俺といつもつるんでいるから、その紳士的な態度はなおさら目立つ。優しさは断りきれない甘さでもあって、女の子の押しに負けて付き合い出すのがお決まりのパターンだった。
あれ?ひょっとして自分から惚れて付き合うのって、こいつには初めてのシチュエーション?ああそうか、じゃあ初恋みたいなもんか。なるほど浮かれていたわけだ。
初恋。甘酸っぱくもほのかに苦いその響き。
俺の初恋の相手がお前だったと知ったら、秀、お前はどんな顔をするんだろうな?
俺と秀は十二の春、中高一貫の男子校で知り合った。今年二十四だからかれこれ十二年、人生のちょうど半分、干支が一巡りするだけの年月を友人として過ごしている。性格も趣味も得意科目も何もかも違うのに、不思議と最初からウマがあった。文理でクラスが分かれる高三になるまでずっと同じクラスで、腐れ縁だとお互いを小突きあった。
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