19人が本棚に入れています
本棚に追加
ため息混じりに聞いた俺への秀の返事が終わる前に、岳斗の手がスマートフォンを取り上げ、通話を切った。そのまま投げるように返される。
「お前、いい加減にしろよ」
立ち上がった岳斗の冷えびえとした目が、俺を見下ろしていた。さっきまでのご機嫌ぶりはかけらも残っていない。急に周囲から音が消えたように感じた。
「俺ら今、何の話をしてたよ?」
「………それは」
「俺らのこれからの話より、昔の男の世話を優先すんの?」
「違う」
「何が違う?ああ、向こうはノンケなんだっけ。寝てもいないんだろ?しのぶ恋ってやつだ。割り切ってますみたいなツラして、だせえ」
あの暢気な男が、嘲りの色をあらわに、口を挟む隙もない勢いでまくしたてる。
「自分のこと、クールとか思っちゃってんの?ただのヘタレのくせに。それとも未だにワンチャン狙ってるわけ?」
「何言って……」
「笑える。結局、本気で向き合う気がないんだろ、俺とは。ばかばかしい。もう、いいわ」
勝手によろしくやってろよ、そう吐き捨てて岳斗は席を立った。その冷たい怒りに呑まれて言葉もなく凍りついているうちに、岳斗の背中が店を出ていくのを、俺はただ見送ることしかできなかった。
一方的に怒りをぶつけられたようでいて、傷つけられたのではなく傷つけたのだ、という直感が胸の内側をざらりと削る。
本当はうすうす気がついていた。
酔いつぶれた時に俺が秀のどんな話を奴に聞かせたのか、わからない。今まで岳斗はひとことも秀のことを口にのぼせたことはなかったから、大した話はしていないのだと思っていた。けれど、やたらと俺にじゃれつきケンカになるのは、大概その前に秀の存在がチラついたときだった。
岳斗は、俺がまだ真夏の雪を待っていると思っていたのか。そんなもの、とうに、俺は――――。
伝えるべき相手を見失ったまま語る言葉を宙に溶かした俺は、結局、秀のもとに向かったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!