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#6 [終]
一体いつから見られていたのだろう。
「あの人にはずっと付き合ってる人がいるでしょう?」
俺と彼女が遭遇した日、イケメンだからって俺に心変わりしないでね、とアホなことを言ったらしい秀に、彼女は不思議そうに返したのだという。
俺の恋愛事情がわからないと首を傾げる秀に、預かり知らぬところで観察されていた事実をやんわりと知らせて、「あんなに喧嘩をしてもずっと一緒にいるんだから、きっとすごく好きな人なんだと思う」と。
「貴文は基本的に他人に冷たい奴だけど、一度懐に入れたらとことん大事にするよね、人でも物でも」
貶したいのか褒めたいのか、判じかねることを秀は言った。
「今履いてる靴だって、高校の時に金貯めて買った奴だろ?物持ちいいよな」
楽しげに笑われて、決まりが悪い。実際、高校生にとってはすこぶる高価で、清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったものだった。普段から手入れを欠かさず靴底が減れば修理に出して、ずいぶん長いこと履き慣らしている。靴も服も、俺のクローゼットの中にはそんなものばかりが詰まっている。
「好みがうるさくて、人見知りで、でも情が深くて、一度気を許したら絶対見放さない。そういうのを『一途』っていうんだよ」
知ってた?としたり顔で言う秀に一矢報いてやりたいと思うが、言葉が出てこない。
不覚にも泣きそうだった。
ずっと、岳斗の人目を気にしない振る舞いにいちいち腹を立てていた。何を言われたって別に、と奴は嘯く。そうは言ってもただでさえ目立つ男で、加えて接客業だ。近くにいれば聞く気がなくても噂が届く。
『ねえねえ聞いたんだけど、ここの店長、そっちのヒトなんだって。なんか友達が連絡先聞いたら、そう言われたってさ』
『えーマジ?カッコいいのに。勿体ない』
『そう?いかにもじゃん』
くすくす笑う女の子たち。なにが可笑しいのか俺にはわからない。
『うわ、キモっ』
見知らぬ通行人のすれ違いざまの一言を、臆病な耳が拾う。たとえそれが、俺の肩に回された手に対するものじゃなかったとしても、それでも俺は。
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