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その日から山あり谷ありの数年が過ぎた。それはもう山は日本アルプス、谷はマリアナ海溝なみの落差をジェットコースターで駆け抜けるような日々の果て、ようやくフミを同棲の合意まで持ち込むことに成功したのがつい先日の話。
そして引越しの荷造りを手伝いにきたフミが目の前にいる。実家から出るだけのフミの荷物はあんまりない。家具家電類は俺が使っているものを持ち込むことになっていて、そう遠くに引っ越すわけでなし、軽トラを借りて自分たちで運搬するつもりだった。
目下俺の恋人である男は、その端正な顔の眉間に深々と皺を刻んで、苛立ったリズムを足先で刻んでいる。怖。
「明らかに無理だろ」
「そ、そっかなー。やってみたら意外に行けるんじゃね?」
「お前の目は節穴か!」
くわっと目を見開いて喝破するフミ。それでもイケメンなフミ。きゅんとする俺。
「どう考えてもこの量の服は次の家に収まらないだろ。入らない分は処分しろ」
「ええ〜…」
それは嫌だ。アパレル販売という商売上、新作を全然身につけないわけにはいかないし、それ以外にもある程度のコーディネートが組めるだけのアイテムは必要だ。大体、引越しをしようと思ったのだって、収納の悩みを解決するためだったのに。
最初のうちはフミもそう納得していたはずが、あとからあとから出てくる俺の服飾コレクションを段ボールにつめているうちにどんどん機嫌が急降下していった。
「明らかに着ていないやつまで持っていってどうするんだよ」
「それはさあ、思い出とかいろいろあるから」
「思い出?こいつが?」
フミが突き出したのは目にも鮮やかな刺繍がほどこされた特攻服だった。いや別に俺は本物のヤンキーだったわけでもなんでもなく、成人式の記念写真を地元のツレと撮ろうとなったときに、コスプレ気分でみんなでオーダーした一点ものだ。ついついオプションに凝って予算を大幅に超過してしまったので、一回こっきりの着用で捨てるのがもったいなく今に至る。
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