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 その頃奴が寄り切……付き合っていたのは、何というか派手目な美人で、秀自身というよりそのバックグラウンド――金持ちの家の次男坊だとか、父親の経営する企業に入社する予定だとか――に興味津々な様子が俺には気に食わなかった。目立つことや馬鹿騒ぎを好まない秀とは合わないだろうとも思っていた。だからすぐに破局したことには驚かなかったが、今回は秀の側から彼女に別れを切り出したと聞いて目を丸くした。 「優柔不断なお前にしちゃあ、めずらしいのな。どういう心境の変化よ?」 「うーん……まあ、これ以上は無理かなって思って」 「今回は“あの子も悪い子じゃないんだ”って言わねえの?」 「いや、悪い子じゃなかったよ。でも、この先ずっと一緒にいるイメージが持てなかった。将来がないっていうか」  ハタチそこそこで将来て。真面目か。や、クソ真面目というべきだな。 「今度兄貴が結婚することになってさ」 「へー、おめでと。兄貴、いくつだっけ」 「俺の七つ上だから……二十八?」 「ザ・適齢期だな」 「相手が学生時代からずっと付き合ってた人で。なんかそういうの、いいなって思って」  なるほど。それでそういう目線で改めて件の彼女を見て、ないな、となったわけか。口には出さねど、内心ではその見解に賛意を表する。  秀は、けぶるような夢見るまなざしで続けた。 「こういうこと言うのちょっと恥ずいんだけどさ、うち、わりと家族仲がいいじゃん?いつか結婚する時には、そういう家庭を持ちたいなって思うんだ。夫婦仲が良くて、子どもが何人かいて、年に一回くらいは家族旅行に行って、みたいな」 「……………ふうん」  そのとき俺は、そんな相槌を打つのが精一杯だった。  結婚、とか。子ども、とか。  秀の言葉は俺の心の(やわ)いところを的確に撃ち抜いた。世間のマジョリティに属する、月並みの家族。俺の手には届かない夢。けれど秀にとってそれは、当たり前のように未来図に描くことのできる現実的な目標なのだ。俺と秀はどれほど近しくあっても、その点において深い断絶があった。それを眼前に突きつけられたとき、しつこく抱えていた最後の未練が、ほろほろと砂のように崩れていくのがわかった。 「いいんじゃね?お前らしいよ」  ほろ苦い余韻を噛みしめながらそう口にして、俺の長い初恋は本当の終わりを迎えたのだった。
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