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へえ、こういう子。
小さな違和感が脳みその片隅をひっかいた。それが何なのかつかみきれないまま、タイミングを見計らってそっと背後から忍び寄る。
「よっ」
「うわっ」
彼女と言葉を交わしてでれでれと目尻を下げていた秀に声をかけると、思っていた以上に大きいリアクションが返ってきた。
「びっくりした。なんだよ、なんでここにいんの?邪魔なんだけど」
「たまたまの通りすがりだよ。邪魔ってひでえな、親友に対して」
俺が奴の肩を叩いて笑って見せると、秀が心底嫌そうな顔をする。いつまでも出し渋っているからだ。いい加減年貢を納めやがれ。
「こちらさんは……」
紹介を受けようと彼女の方に向き直って俺は、続ける言葉を途切れさせた。
透き通るように白い肌。愛想笑いを浮かべるでもなく、俺をじっと見つめる眦の切れあがった瞳は黒目がちで、長い睫毛がどこかアンニュイな影を落とす。日本人形めいたあっさりとした顔のつくりが、不思議と印象に残る。印象に……残っている。
そう、俺はこの女のことを知っている。
あれはいつのことだったか。
あ、と思った瞬間にはパシャリと水をひっかけられていた。
『最悪』
言い捨ててグラスを乱暴にカウンターに置くと、そいつは足早にバーを出て行った。このところ何回か立て続けに関係を持った相手で、今日もそのつもりで待ち合わせていた。
この店はマスターがゲイで、そっちのコミュニティの客が多い。もちろんそうではない客もそこそこいるから、カウンターに着くなり腰に手を回して密着してきたそいつのことを俺は押しのけた。こんなところでやめろよ。見せびらかすような間柄じゃないし、大体俺は人前では自分のセクシュアリティをクローゼットにしまっておきたい方なのだ。
『なんだよ』とむっとするそいつに『勘違いするなよ』と言い捨てた次の瞬間、水が飛んできたというわけだった。
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