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凶事
凶事だ。
最初に気づいたのは老夫婦だった。
年金を頼りに生活している二人が住んでいる安アパートは壁が薄い。
二人はいつも、隣室の夫婦が幼い子供を怒鳴り、時に殴りつける音を聞きながら生活していた。男の子が泣きながら
「ごめんなさい」
と叫ぶ声に
「ひどいねえ」
と二人で話し合うこともあったが警察に通報はしなかった。関わり合いになりたくなかった。夫婦は人生に疲れていたのだ。
その日も悲鳴が聞こえた。しかし、それは子供のものではなかった。
5月の白昼。まっすぐな日の光がベランダから差し込む中。老人二人は聞いた。
女の絶叫、男の怒声。何かがきしみ、砕け、薄い壁に何か重たいものが叩きつけられる音。
「ぐぁ・・」
と女の絞り出すようなうめき声のあと、静寂が訪れた。
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