鬼子母

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「・・そう。いつも鬼子母さんがいない時にやってきて、優しいことを言って連れて行こうとするの。でも私たち子供だったから気が付かなくて、ついていこうとしたのよ。そうしたら・・・」 「シンダーラが現れて、人さらいをかみ殺してしまったのだ。」 「怖かったわ。いきなり大きな虎が現れるんだもの。私たち虎なんて絵本でしか見たことがなかったから、妖怪だと思ったのよ。妖怪がおじさんを食べちゃったって。それが虎の姿のまま、一緒に来いって言うんだもの、みんな怖くて声も出なかった。そうしたら鬼子母さんが現れて、虎に諭してくれたのよ」 「そうだ。ここにいる子供たちには、親を失って悲しんでいる者はいても親を憎んでいる者はいない、とな。お前が連れていける子供はいないぞ、と。 あれとて天界の霊魂を宿しておるから、道理に外れた振る舞いはできない。やつに子供を連れていく正当な理由はなかったのだ。腹立ちまぎれにわしに一撃をくらわしたがな。」 「そう、鬼子母さん、吹っ飛んじゃって、気づいたら人形が落ちてたの。背中がぱっくり裂けてて、呪文みたいなのが書かれた紙がのぞいてたの。飯島さん、さっき見たでしょ」 「あ、はい」 「私、落ちてた人形を拾ってずっと持ってたの。私は養護施設で保護されて、施設を出てからは働きながら夜間学校に行って、そこで夫と知り合って保育園を起ち上げたの。子宝には恵まれなかったけど、その分たくさんの子供たちとかかわりたくて。でも、保育園を開いたとたんに夫が急に亡くなって。なんだかやるせない気持ちになって古い荷物の整理をしていたら、あの時のお人形が出てきてね。虎のことも、優しいお姉さんのこともすっかり忘れてたのに、懐かしくなって、仕事の合間に自分でお人形を作って、背中に紙を入れて縫い付けたら、あら不思議。ぽんってこの方が現れたのよ」 「わしと園長の縁が復活したのだ。せっかくだからシンダーラを追う拠点にさせてもらった。わしを求める人間は少ないが、悲しい目に遭っている子供は無数にいるからな。このように姿を現わせる拠点があるのはありがたいことだった。しかし・・・」 鬼子母はふっと目線を漂わせて、言葉をつづけた。 「しかし、(いくさ)もなくて、食べるものも着るものもたくさんあるというのに、なぜ悲しい子供は減らないのかね。お前たちはどうかしている」
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