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「森本課長は、どのようなご縁があったんですか」
森本捜査一課長は、ふっと寂し気な表情を浮かべてから語った。
森本が語った鬼子母との縁は30年近く前にさかのぼる。森本は新米の刑事だった。森本が担当した事案は霊感商法だった。神様の言葉を聞くことのできる少女のお告げによって高額な水や守り札を購入させられているというものだった。買い手がその水や守り札に額面通りの価値を見出しているのならば罪に問われないこともある。問題はその少女が学齢に達しているにもかかわらず学校に行っている様子がない。保護者の所在もはっきりしない。つまり、誘拐された子供である可能性があったのだ。森本は失踪した婚約者をさがしてほしいという設定で少女に霊視してもらうことにした。
ごく普通の民家の座敷だった。安っぽい神棚や仏像を乱雑に並べた中に少女が座っていた。赤地に白い小花が散ったワンピースを着ていた。色白のかわいらしい顔立ちの少女だった。目に表情がないのは、霊能力者と言う設定のせいなんだろうか。
少女の横には和装の女が座っている。取次はその女のようだった。
「行方不明になられた婚約者を探していらっしゃると?」
「はい」
森本は恋人の写真と生年月日、失踪した当時の状況を説明した。写真は女性警察官と撮影したものだ。森本の説明を途中で遮るようにして、少女は霊視を始めた。といっても、写真を前にして神主がお祓いに使う白い紙のついた棒を雑に三回振った後に
「辰巳の方角に、気配があります」
と言っただけだった。
やはり、そうなのか、と森本は暗闇に引きずり込まれるような気持になった。ではその先に進まねばならない。森本は、和装の女に向かって言った。
「お蜜柑を、いただけますか?」
和装の女の顔が、一瞬嫌らしくゆがんだ。
ああ、間違いない。この少女は、児童売春をさせられている。
暗号は『お蜜柑どうぞ』
少女がそう言って差し出した蜜柑を受け取ったら、交渉成立だ。
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