鬼子母

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ただの霊感商法だと思っていた森本に、その情報を提供してくれたのは一人の少年だった。少年は『シン』と名乗った。あの家に入るとき、入口を少し開けておいてくれれば、いい話を聞かせてやる。『シン』はそう言ったのだ。 『シン』とどのような経緯で話をし始めたのか、森本にははっきりと覚えがない。気が付いたら公園のベンチに並んで座って『シン』の話を聞いていた。『シン』の声には不思議な説得力があり逆らえなかった。森本は知り得た情報を上司と共有することもなく、『シン』に言われた通りにした。 和装の女は表情を引き締めて、森本に言った。 「お蜜柑を、希望されますか」 「はい」 「・・・では、すず子様」 すず子と呼ばれた少女は無表情に、傍らの高坏(たかつき)に載せられていた蜜柑を一つ、森本に差し出した。 「お蜜柑、どうぞ」 こんなもの、受け取れるか。 森本は、蜜柑をすず子に押し戻した。すず子は驚いて、森本の顔を見た。 「そんなこと、しなくていいんだよ」 和装の女がギョッとして立ちあがった。隣室に潜んでいた用心棒らしき男も飛び出してきた。 途端に、虎が現れた。虎は用心棒の男の喉笛に食らいついて引きちぎると、和装の女をなぎ倒して腹を裂いた。女の息の根を止めると、虎は少年の姿に変じて腹の中から心臓を取り出した。 そして、優しい笑顔ですず子に向かって 「お蜜柑どうぞ」 と言ったのだ。すず子は心臓を受け取った。心臓はすず子の手の中で蜜柑に変わった。すず子は蜜柑を食べた。 「おいで」 シンは少女を招いた。森本はその場に座り込んで、シンがすず子を連れ去るのを見ているしかなかった。すず子は一度振り向いて 「おじさん。バイバイ」 と言った。 すず子が、使い魔の『スー』になったのだ。
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