15人が本棚に入れています
本棚に追加
吉沢隆志は高校生だった。卒業後は児童養護施設を出て地元の町工場で働くことが決まっている。18歳になったら施設を出なければならないですから、と吉沢はさみしそうに微笑んだ。賢そうな少年だったから、その気になれば大学の進学も可能だったのだろう。
鬼子母は聞いた。
「夢の中に虎が出てくるのだな」
「はい。少年の姿だったり虎だったりしますが、最近は毎晩出てきます。このままだと、母と、見たこともないんですけど弟にも危害が及ぶのではないかと不安で。。」
優しくて、気の弱そうな高校生だった。最近はよく眠れないから頬もこけている。
「夢を見るようになったきっかけは?」
「・・・・わかりません。全く突然で。僕自身もあの日のことは夢だったんじゃないかと思ってましたし、母からの連絡もないから、母自体僕には遠い人になってましたから」
「・・・ふむ。で、虎は、何を要求しているのか?」
「母を訪ねろと。住所を教えてくれました。昼間は寝ているから午後2時すぎに訪れれば出るだろう。考えの浅い女だから、自分がしたことも思い出さずにお前を迎え入れるだろう。戸を開けさせればそれでいい。そう知れば弟を救えると、虎が言いました。弟は義理の父親から危害を加えられているそうです。僕は、放置されてはいましたが、暴力を振るわれてはいませんでした。弟がそんな目に遭っているのが僕のせいだと責められると、何だか胸が苦しくて」
「お前はどうしたいのだ」
「え?」
「お前は誰を救いたいのだ」
「・・・弟です。母から離れて僕は救われました。だから弟を救いたいです」
「母親はどうしたいか?」
「・・・え?」
「虎に母親だけを食わせることも、できなくはないぞ」
鬼子母は、無表情に吉沢隆志に投げかけた。吉沢は苦しそうな表情を浮かべて黙って下を向いた。鬼子母も、同席していた森本も園長も声をかけなかった。吉沢隆志が答えを出すのを待っていた。
吉沢は顔をあげた。
「どんな人間でも、死んでいいってことはないと思います」
「よくわかった。来週の日曜日、母に会いに行くと、夢の中で虎に伝えよ。お前は虎を案内すればよい」
鬼子母は少し微笑んでいたようだった。
最初のコメントを投稿しよう!