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授業中、私は教科書で隠しながら動画の再生数を確認していた。
午後の授業は皆退屈なのか、机に伏せる者やノートの端に落書きをする者、ただぼーっと教科書の一点を見つめる者など、集中している様子はない。
その中で私が動画を見ていようと、誰も気づいていないので、先生に告げ口をされる心配はない。
スマホを横にし、消音で流している動画は、銃で人を殺し、最終的に一人勝ち残るバトルロワイアルのゲーム実況である。消音にしているので実況の声やゲームの音は出ない。私は動画の内容を見るのではなく、コメント欄を覗いていた。
『めっちゃ面白い』
『なんだこれ、最高』
『エイムがえぐい』
『途中ラグいけど載せちゃうんだ(笑)』
好意的なコメントを見て嬉しくなり、思わず口角が上がる。
そういったコメントにはいいねを押していく。
そして偶に心無いコメントもある。
『声がうるさい』
『下手くそ』
『近所から苦情入ってません?』
そんなコメントたちを消したくなるが、そんなことをすれば『消したんだw』と笑われるだけだ。逃げたのだと、マイナスな方向で盛り上がる可能性があるため、見なかったことにするのが一番だ。
そんなコメントにいいねを押す気にはならず、心無いコメントは流し、好意的なコメントはじっくり読んでいく。
ほとんどの人は楽しく見てくれているようで、私としても嬉しくなる。
実況というジャンルは、敵が多い。ゲームを見ながら反応する様を動画におさめるだけなので、誰にでもできる。故に、歌ってみた動画などのジャンルよりも多くの動画が投稿されている。
ゲームをやる前にどんなゲームかを実況者の動画で確認する。金を出してまでゲームをやりたくないが、興味があるので実況者の動画を見る。実況動画を見る動機は様々で、需要がある。
大袈裟な反応は嫌われるため、ゲームを楽しんでやっているという雰囲気を出すことが大切だ。
私が確認しているこの動画の再生回数は一万を越え、そろそろ二万回だ。
悪くない数字だが、もっと伸びてほしい。
一日十回以上は再生回数とコメントの確認をしている。
これは投稿者あるあるだろう。再生数やコメントがどうしても気になり、動画にかじりついてしまうのだ。
毎日投稿しているわけではないが、投稿した日は特に敏感だ。
「お前これ知ってるか?」
「あぁ、知ってる。とある田舎の女子さんだろ」
授業が終わって休憩時間になると、近くにいたクラスメイトの男子の話が聞こえてきたため、つい聞き耳を立ててしまう。
「ゲーム上手いよな、実況も面白いし」
「分かる。最近界隈で有名になりつつあるし、そのうちコラボとか始めるんじゃね?」
コラボか。
実は私も少し考えたことがある。しかし、界隈に友達がいない。一緒にコラボしよう、と話しかけることができるような人がいないのだ。
一人でゲームをし、実況をし、投稿する。これをずっと続けており、友達をつくろうとさえ思ったことはない。
それでいいと思っていたけれど、やはり視聴者からするとコラボを期待してしまうものなのか。
その期待には応えられないかもしれない。
「コラボしてほしい気もするけど、それでコラボしかしなくなったら嫌じゃね?」
「あー、それな。同じゲーム実況のリリ猫丸がコラボ始めたと思ったら、味をしめてコラボしかしなくなったもんな」
「再生回数伸びてたやつだろ。それに追随されてもなー。コラボ相手が人気なやつだったらそいつのお陰で再生回数増えるわけだし、そうなると冷めるわー」
「それは俺も嫌だわ」
「複雑だよな」
複雑らしい。
コラボは賛否がありそうだ。
これは慎重に考えなければならない。
まあ、相手がいないので慎重になるとかそういう次元ではないが。
誰かと一緒にやり始めると、何かの拍子に諍いへと発展する可能性もある。波風を立たせたくはないので、やはり一人でやる方がいいだろう。
積極的に友達をつくる必要はなく、今まで通りが一番である。
コラボはなしだ。
「今日動画アップされるかなー」
「最近の楽しみだからな」
素直に嬉しい。
楽しみに待ってくれている人が、クラスにいたなんて。
にやけそうになる顔を必死に隠す。
界隈で一番有名なのは、勇者ちょび髭という男である。新しいゲームが発売される度に投稿し、実況が上手い。そして何より、声がいい。声を聞きたくて動画を見てる女性が多いのだ。実況が上手いので男性からも支持があるし、男女共にファンがいる。
それがとても羨ましい。
声が良いのだから声優にでもなってこの界隈から出ていけばいいのに、と私の中の悪魔が幾度となく囁くのだ。
勇者ちょび髭の人気は揺るがない。
他人の不幸を願うなんて、とんでもない。勇者ちょび髭の隣に並ぶことができるように、戦略を立てて頑張るのだ。と、私の中の天使が囁く。
しかし、クラスメイトにまで知られているし、再生回数も増えてきている。有名人に近づいている実感があり、このまま順調にいけば、勇者ちょび髭を脅かす日も近いのではないだろうか。
毎日再生回数が増えており、有名になってきているのは事実だ。
両手を上げて喜びたい気持ちはある。
放課後になっても気分は最高で、鼻歌を歌いながら帰路につく。
勇者ちょび髭のように、新作が出る度に購入してゲームをするなんてことは、金銭的に難しく、同じ戦略をとることができない。
ずっとバトルロワイアルで楽しく実況をしているから、そろそろ別のゲームも取り入れてみようか。
ホラー系だと良いリアクションが出そうだし、ギャルゲーもいいな。それとも乙女ゲームがいいだろうか。
マイナーなゲームよりも人気のあるゲームをやった方が伸びる。
実況のランキングで一位に君臨している動画を拝見し、同じゲームをやってみようか。
うん、それがいいかもしれない。
来月には別のゲームをやろう。
私はスキップをしながら家の扉を開ける。
祖父母と暮らしているのだが、祖父は働きに出掛けているのでこの時間はまだ帰っていない。
私は祖母に「ただいま」を言うべく、居間につながる襖を開けた。
「おばあちゃん、ただい......」
「邪魔じゃい、このくそったれが! 下手くそは早く死なんかい!」
祖母は慣れた手つきでゲーム機を操作し、般若の顔で敵を撃ち殺している。
「痛いじゃろが! こちとら回復アイテム持ってないんぞ!」
「......おばあちゃん、ただいま」
「ちょっと今忙しい! あとにせえ!」
「はーい」
とある田舎の女子。
その名前でゲーム実況をやっている私のおばあちゃんは、今日も楽しそうにゲームをしていた。
「バンバンバンやかましいわ! ぶち殺したる!」
おばあちゃんが物騒なことを言いながら敵と戦うのが面白い、と好評なのだ。
毎日が暇だというおばあちゃんにゲームを与えてからというもの、日々楽しそうにゲームをやるので、それを私が動画にしてネットに上げたことがきっかけだ。
私はおばあちゃんの後ろ姿を写真に撮り、ネットに「ゲームなう」と投稿したところ、すぐにいくつか返信があった。
『おばあちゃん最高w』
『背中から漂う強者感』
『動画楽しみにしてます!』
ゲームが終わったら見せてあげよう。
「あと三人殺せばわしの勝ち!」と笑っているおばあちゃんに、「夕飯の支度はしてないの?」と問いかける。
「そんな暇ないわ! あっ、ちくしょう、死んだ!」
敵に撃たれて殺されたようで、おばあちゃんは悔しそうに拳を畳に叩きつける。
ゲームが終了したので夕飯の支度をしに台所へ行くのかと思いきや、またゲームを始める。
「おばあちゃん」
「あと一回、あと一回だけ! これで最後じゃ!」
「はいはい」
負けず嫌いなおばあちゃんは慣れた手つきでゲーム機を操作する。
「次こそは全員ぶち殺しちゃる!」
けけけ、と魔女のように笑う。
あと一回だけ、と言っていたが、その一回が長いのだ。
おじいちゃんが帰る前には夕飯を作っておいたほうがいいだろう。
私は袖をまくり、台所へ向かう。時間もないし、パスタにしよう。というか、パスタくらいしか作れないし。
「あっ、死んだじゃないか! クソ、もう一回じゃ!」という声が後ろから小さく聞こえる。
ゲームはやり始めたら止まらない。
私はSNSに「あと一回だけ、と言って二回目を始める女子さん」と書き込んだ。
視聴者からすぐに反応があり『まるで子ども(笑)』『ゲーム実況者の鑑だ』と笑う声が届いた。
鍋に水を入れて火にかけていると、渾身の「ちくしょう!」が響いた。
人気者とはいえ、ゲームが強いとは限らないのだ。
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