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パタンとドアが閉まる音が響き、そのあとは静寂が広がる。美玖は利津に向き直ってもう一度手招きをした。
「さ、邪魔者はいなくなったわ。……どうぞ」
美玖は自分の隣をポンポンと叩き利津を誘った。利津はちらりとドアを見ておずおずと近づき、誘われるまま大人しく隣に腰を下ろした。座っただけで何もしてこない利津に美玖はそっと利津の頭に手を添え優しく自分の肩に寄り掛かるように引き寄せた。
「早くあなたの血が飲みたいわ」
「結婚してからだ」
「ふふっ……古臭いしきたり」
「父も祖母もそうしなかっただろうが俺は違う」
「そうね。私が噛みついたら眷属になってしまうものね」
「……」
まるで童話を読み聞かせるような優しい声色で辛辣なことを美玖は言った。だが利津は眷属という言葉に怯えることも、まして喜ぶことも、そしてぴくりとも体が動かさなかった。
かわりに利津は甘えるように美玖にもたれかかる。人前で見せたことのない利津の愛らしい行動に美玖はふふっと笑い、利津の軍服の襟元から見える首筋に視線を向けた。
鍛え抜かれた肉体であることもあって首筋は男らしくあるが、陶器のように艶のある白い肌は美玖が見てきた中でも段違いで色っぽい。美玖は小さく唾を飲み込むと利津を引き寄せて首筋に顔を埋めた。そして存在を主張するようにありありと見える太い血管をなぞるように舌を這わせた。
「怖い?」
「何故」
「今まで吸血鬼の頂点として生きてきたんでしょう」
「これからも変わらない」
「えぇ、そうね」
「……」
「大丈夫よ。利津。あなたは久木野の嫡男。地位も名誉もあなたのもの。……本当の始祖でなくても人間や他の真祖には案外わからないものよ。それに、始祖である私がずっと可愛がってあげるから大丈夫。罪人の血の味なんか忘れるくらい溺れさせてあげる」
呪詛のように響く言葉。利津は何も言わず目を閉じ、美玖に体を預けた。
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