34話

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 甘い時を過ごしていた二人とは明らかに違う空気をまとった男、利津は美玖を見つけると早足に近づき、上がる呼吸を整えながらぎろりと美玖を見下ろした。 「貴様の仕業か?」 「何のことかしら」  さっきまでの憂いは一切なく美玖はフンと鼻を鳴らして笑った。小馬鹿にした美玖の態度に利津はこめかみに青筋を立てた。しかし声を荒げることなくゆっくりと嚙みしめるように話し続けた。 「祖母と父が亡くなった」 「あら……、よかったわね」 「なに?」 「よかったわねって言ったの。邪魔だったんでしょう」  さほど驚かない美玖に利津は眉間の皺を更に濃くし、跪くリリィに視線を向けた。いつもなら姿勢を正すはずのリリィはちらりと利津を見るとすくっと立ち上がって二人から離れて窓辺に立った。利津に頭を下げるわけでも声をかけるでもなく窓の外へ視線を向けている。  常軌を逸した光景に映ったのか利津は歯を食いしばり黙り込んでいる。その様子を見て美玖は口元を指先で抑え、クスクス笑った。 「震えてる」  いつもの艶っぽさが一欠けらもない圧のある声で美玖が呟くと利津は視線だけを美玖に向けた。指摘されたことを誤魔化すように利津は拳を強く握って。 「話を逸らすな」 「逸らしてるのはあなたの方」 「……っ」 「もうわかっているわよね?利津はとっても賢い子だもの」  美玖はぽってりとした自分の唇に指を這わせニヤリと笑った。口端からは吸血鬼の証である牙がちらりと覗く。滑らかに動くその指先を利津は目で追ってしまった。  利津の中で理性と本能が葛藤する。吸血が足りないわけではない。なのに目の前に始祖がいるとなるだけで喉が渇き、血が欲しくなる。ごくりと生唾を飲み、利津は自分の欲を誤魔化すため視線を逸らそうとした。 「どうしたのかしら、子爵様」  優しく語り掛ける美玖の声に利津はぴくっと肩を震わせ美玖に視線を向けた。駄目だとわかっていても体は、本能は、始祖を待っている。 「『座りなさい』」  利津の心臓がドクっと鳴る。自分が始祖ではないと認識した利津に最早抗う術はなく、始祖である美玖の冷たい視線と低く命令する声に利津はその場に膝をつき座ってしまった。
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