4話

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 利津は長い廊下を歩き、自室に戻ると鍵を閉め軍服のボタンを緩め脱ぎ捨てた。  明日は久しぶりの休日。読みかけの本を読むのもいいかとサイドテーブルに置かれた本に触れ、深めの椅子に腰を下ろした。  ピッチャーからコップに水を注ぎ喉を潤すと体を椅子に預け、窓の外に視線を向ける。 「……」  雲間から見える月がキラキラと輝き、周りを小さな星たちが煌めく。  本来吸血鬼はこの時間から活動を始める。父である清も今から仕事を始めるのだろう。静かな中にざわざわと人が行きかう気配を感じる。昼間より体が軽いのは確かだが、真祖である吸血鬼は別に日差しがダメというわけでもない。  利津は人間のように日が昇る時間を好む。それは父である清と会いたくないことに加え、遠い記憶にある思い出を大切にしたいからだった。 「……くだらん」  椅子に頭を預け、天井を仰ぎ見ながら自嘲した。まるで人間のような淡い感情を抱く自分が馬鹿馬鹿しく思えたからだ。  天井からサイドテーブルに置かれたもう一つのものに視線を戻した。  ピッチャーの横に置かれた真っ赤な液体の入ったスパウトパウチ。国が管理する血液バンクから無差別に送られてくるそれを手に取ると、利津は慣れた手つきで開けて口に含んだ。  咥内から喉へゆっくり流れる誰かの血液を一気に飲み干し、口を締めると元あった場所に置いて再び深く座った。  国から支給されるスパウトパウチに入った血液を飲みたがるものは少ない。直接噛みつき、新鮮な血液を飲んだ方が何倍も美味しいに決まっているからだ。  そもそも真祖は噛み付くと人を吸血鬼に変えてしまうため無無闇に噛み付くことはできない。  だが真祖の屋敷の中は法律の埒外として眷属を作ることを許されている。真祖と眷属、あるいは眷属同士が互いに噛みつき血を与え合う。人はそれに何か絆のようなものを感じ、眷属になりたがるものもしばしばいる。  利津は真祖の中でも最も位の高い久木野の嫡男。眷属になりたがるものは多いが利津に眷属はいない。なので吸血は支給される血液パウチに頼っている。 「……」  本当にくだらない、と利津は心の中で呟いた。  どんなに人間を模しても吸血衝動をなくすことはできない。それに今更人間に近づいたところで()()()()が人間ではなくなっている。利津の憧れた人間の少年はもういない。  利津は少しの間、椅子にもたれかかっていたが、立ち上がりワイシャツのボタンを緩め、軍服のズボンを脱いだ。  綺麗に畳まれていた白の着流しに袖を通し慣れた手つきで帯を占めると倒れるようにベッドに体を預ける。じっとりと体が重くなっていくと今まで張っていた気が緩み利津はあっという間に眠りについた。
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