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木でできたプレートにはボンゴレパスタとサラダ、小さなカップにコンソメスープが注がれていた。小洒落たブランチにじわっと口の中が濡れる。
世那はフォークを持ち、所作など気にせずパスタを巻いて食べ始めた。昨日のご飯も美味しかったが今日のも負けていない。軍の食堂でも同じ題名の食べ物が出てきたことはあるが、比べ物にならないほど本格的でアサリの味がふんわり鼻腔をくすぐる。
「美味しいですか?」
「っ!?」
食べることに夢中になっていたせいか、女が静かに出てきたせいか、世那は声をかけられて初めて女が近くにいたことに気がついた。突然声をかけられ、喉に詰まりそうになって胸を叩く。置かれていた水で一気に飲み干すと振り返り女を睨んだ。
「あっ、すみません」
言葉とは裏腹にクスクスと笑いながら女はぺこりと頭を下げた。無邪気なその様子に世那はすっかり怒る気力を無くしてしまった。
「いや……」
簡素な答えだったが返答がもらえて女は目を輝かせた。先程まで掃除で使ってたであろう雑巾をぎゅっと握り、世那の顔を覗き込んだ。
「ありがとうございます!」
間近で突然大きな声を出され、耳がキーンとした。世那はあからさまに耳を抑え再び女を睨んだ。
「うるせえな」
「アハハッ、すみません」
女は咄嗟に持っていた雑巾を口に当てた。それがハンカチであったら婦女子らしい反応で素敵なものだったかもしれない。
けれども女が握っているのは紛れもなく雑巾だ。世那はふと息を漏らして笑ってしまった。
「汚ねえ……」
「え?あぁ!っ、やだ……」
頬を赤らめ、年齢相応のうぶな表情を見せると女は慌ててカートを引きながら部屋を後にした。
世那はそれ以上声をかけずテーブルに向かい直して食事を再開した。どことなくパスタを巻くフォークの動きが軽やかになっていることに世那自身は気づかない。
「てか……ここの飯、アサリばっかだな」
食事に文句がつけられるほど世那の心は穏やかになっていた。
掃除され、浴室や廊下につながるドアが開閉され、重たかった空気が少しだけ心地のいいものになったなと世那は思った。
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