5話

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5話

 食事も摂った。風呂も入った。水も飲んだ。左足の枷は邪魔だが久しぶりに筋トレもした。  夜も更け、日差しに怯えることなく過ごせる時間帯になったにも関わらず世那の体は調子が悪い。  目を覚ましてから2日目の夜のことだった。  捕まっている身としては贅沢すぎる生活を送っていたが足りないものが一つだけあった。軍にいるころは毎日支給されていた()()がない。歩ける範囲の部屋の中は探した。女が持ってくる食事についてきたかと思ったりもした。  だが、血液の入ったスパウトパウチはなかった。 「うぅ……っ、クソ」  頭の中で何かがガンガンと鳴り響く。地鳴りのような音が鼓膜を震わせ、吸血衝動による渇きがすぐそこまで来ていた。満たそうにも足枷が邪魔で部屋を出ることもできず、枷に埋め込まれた銀が更に吸血鬼化を急く。  とうとう布団の中にいるのも辛くなり、地面に転がるように世那は倒れた。どしんと背中を打ち痛みを覚えたがそれどころではない。喉を掻きむしられるような飢えに耐えられず、這いつくばって床に爪を立てた。  するとドアが開けられ、コツンと革靴が鳴り足を止めた。世那は音だけで誰かわかった。ここにやってくるのは世話をする女と、憎らしいあの男だけなのだから。 「2日で降参か?」  利津の声が聞こえると世那は白髪を揺らし、真っ赤な瞳で見上げた。ふわりと香る真祖の血の匂いに誘われ世那は素早く利津の方へ駆け寄った。  だがドアの近くに来たところでピンと鎖が張り世那は再び地面に伏してしまった。痛みすらわからず、目の前の獲物を捕まえたく世那は何度も床を引っ掻いた。 「血が欲しいか?」 「うぅっ……」  人の言葉を理解する思考をなくし、ただがむしゃらに自分の血を欲する獣に成り下がった世那を見下ろしながら利津の口端は自然と上がる。  利津は熱い吐息を一つ漏らすと、腰に装備している短剣を引き抜き、抜き身の刃を左手で強く握り一気に引いた。溢れた鮮血はボタボタと床を濡らしていく。 「っは、……」  鋭くなった嗅覚で匂いをたどり、顔を上げた世那は利津の手を見ると無意識に笑みを浮かべた。餌を出された犬のようにだらしなく口を開け、溢れる唾液を喉を鳴らして飲み込んだ。こちらによこせと、指先から血が滲もうと世那は何度も何度も執拗に床に爪を擦り付けた。 「メイドに噛み付くことなく耐えたのか?……ふふっ、いい子だ」  問うたところで返事が返ってくるとは思っていないため、利津は世那の前にしゃがみそっと手を差し出した。  真っ赤な鮮血が見えると世那はうっとりとした笑みを浮かべ大きく口を開いた。吸血鬼化で鋭くなった牙を見せ利津の手のひらにねっとり舌を這わせた。  人間の理性を手放し獣になった世那を利津は恍惚とした表情で見つめた。
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