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ボサボサの黒髪を整えることも忘れ、世那は目の前の男、久木野利津に驚き硬直した。
本来軍服というのは戦地に赴くためのもので迷彩服や黒色が多い。しかし目の前の男は戦地には不相応な白色の軍服を着ている。元より戦地に赴くことを想定していない貴族が身につける形ばかりの軍服。しかも白色を許されるのは公爵の爵位を持つ久木野のみだというのは周知の事実だ。会ったことの無い世那でも目の前の男が誰かすぐに理解できるわけだ。
二等兵で、しかも平民である世那が対峙できるような人ではない。
ただ、ひとつ世那は疑問に思った。胸元に輝く大尉の勲章、その横に縫い付けられているのは公爵のものではなく子爵だったからだ。
「こちらからの質問には嘘偽りなく答えろ」
世那の疑問を知る由もない利津は手に持っていた書類を広げ、何枚かめくると翡翠色の目を細めた。
「影島世那、26歳。主のわからぬ親なし吸血鬼が属する特殊部隊第三に所属。軍での評価は平凡。戦では前線に出ることを憚らず突撃兵としてまずまずの働き。……ここまではいいか?」
「……はい」
平民出の親なし吸血鬼としてはふさわしい評価だ、と世那は思った。どんな業績を上げようと貴族の子どもや他の者たちの手柄になっていく。わかっていても評価されないことに僅かな怒りが世那にはあったため返事を渋ってしまった。その様子を利津はじっと見つめ、再び書類に視線を戻して尋ねた。
「何故、この屋敷を襲った」
「え?」
「質問に答えろ」
「いや、待ってください。何の話ですか」
全く身に覚えのない事柄に世那は目を丸くした。襲うも何も今どこに自分がいるのかもわからない状態の世那がどうしてここを襲えるというのだろうか。
確か、いつもの特殊任務の後、家に帰って眠って、それで今は……。
「今、何月何日ですか?」
「……なに?」
「すみません、何月何日か教えていただけないでしょうか」
「……」
利津は眉間に皴を寄せ、口を一文字に結んだがとしぶしぶ答えた。
「4月9日」
「……は?」
世那の胸がじくりと痛んだ。眠った日の日付は4月7日。両親が亡くなった命日だった覚えている。いつもなら休みを取って墓参りに行っていたが、今年は配属先が、というより吸血鬼になって勤務が変わり叶わなかった。幸い休日が翌日の8日だったためその日にいけるな、と考えていた。なのにその日も通り過ぎて4月9日になっているなど、世那は簡単に受け入れられるはずはなかった。
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