2話

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「言い分はわかった。だが、お前が否定しようと事実としてこの屋敷に入り込み、短刀を抜き、敵意を向けたことに変わりはない。ここが久木野邸と知ってか知らずか、意識があろうがなかろうが罪は罪だ」  世那は何も言えなかった。利津が正しい。実際久木野の邸宅にいる以上、どんな否定の言葉も役に立たない。  絶望しかない。世那がそう思った時、利津はふと口元を緩め黒い笑みを浮かべた。 「たが、……ここは久木野の公爵邸。国から認められている治外法権だ。罰するにしても法で裁く必要はない」  もとより人間から吸血鬼になったものに法などあってないようなもの。法で裁かれないとするならば更に無理難題を押し付けるに違いない。  世那の不安をよそに利津は愉しげに笑みを浮かべたまま近づくと世那の頬にそっと指を這わせた。 「俺のものになれ」  思いもよらない言葉。世那は目を丸くし利津を見上げた。 「……は?」 「主人のいない吸血鬼が何故ここを襲ったのか興味がある」  感情らしい感情を一度も見せなかった利津から興奮が垣間見える。黒い瞳は翡翠色に見つめられ身動きが取れなくなった。  恐怖?……違う。何かどこか懐かしい感覚だが、世那は思い出せない。ジンとした痛みが頭の中をかすめる。 「今日からここで暮らせ。左足の足枷には銀が練りこまれている。逃げようにも逃げられまい。朝は日を浴び、夜はゆっくり休め」 「なに……?」 「神に誓えるのだろう?人間はそのように暮らしている。まさか日を浴びない人間はいないだろう」  元人間の吸血鬼は何よりも日の光を苦手とした。真祖の吸血鬼も日は苦手だが動けなくなるなどの障害はない。夜の方が好き、その程度だ。前者である世那にとってそれは何よりも酷な拷問であることを利津はわかっていて告げたのだ。  フンと鼻を鳴らし、利津は部屋の真ん中に違和感があるほど大きな杭を指さし続けた。 「打たれている杭は足枷とを鎖で繋いでいる。そこから半径3m以内の範囲なら好きに動け。トイレも風呂も自由だ。服も足を通さなくても着られるものを用意しよう。食事も心配いらない。ただし、窓とドアには近づけない。……わかるか?」 「待て、そんなことしたら……」  慌てる世那を見て利津は内から湧き起こる興奮と混ざった笑みを浮かべた。世那から手を離し数歩後ろに下がると背後にあるカーテンに手を伸ばし、勢いよく開け放った。  蛍光灯よりもずっと強い光が間を空けることなくまっすぐ射し込む。目の奥が焼けるような痛み、皮膚のひりつき、何よりダメージをかき消そうとする血への欲求が溢れ世那は顔を抑え俯いた。 「っぐ……」  吸血鬼になってからずっと逃げ続けていた日の光が逃げ場すら与えてもらえずガンガンと降り注ぐ。世那は足元にあった布団を引き寄せると包まるように被った。  だがこれも一時逃れるだけ。水を飲むことも、排泄も出来ない。暦の上では春になった今では日のある時間は日のない時間よりも長くなっていく。 「時間だ。暇が出来たら会いに来てやる」  心のない冷たい言葉だけを残し、利津は部屋から出て行った。
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