それは居酒屋から始まるお話で。

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「久しぶりだねぇ狐嶋さん。あんまり酒が進んでいないようだが、どこか具合でも悪いのかい?」 厨房から様子を見ていた店主の猫倉(ねこくら)が心配そうに左近の顔色を伺いながら声をかけた。紺色の作務衣にたすき掛けをし、袖からはたくましい腕がのぞく。 そんな猫倉もまた人間ではなく“猫又”という妖怪だ。自分の店を持ってから、人として化けて暮らす者たちを長年かけて手助けしてきた長老的な存在でもある。 実際、店内にいる者の中で“人”よりも“ 人に化けた者”の方が多いことから、その界隈では有名な居酒屋なのだ。 葉子からの紹介で知り合った左近も、何度か世話になっている。そんな猫倉に顔を向けると、苦笑いを浮かべて頭に手を当てた。 「あー、いや……体調が悪い訳じゃないんです。ただちょっと考え事をしていて」 「なにかあったのかい? 最近店にも顔を出していなかったし……困り事なら相談に乗るよ?」 長く生きてきた年長者の勘か、はたまた世話好きな性格からか、何かを察した猫倉は調理を他の者に任せるとカウンター越しに左近の話を聞く態勢に入った。
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