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見知らぬ紳士の登場に左近は首をかしげ、椅子に座る彼を訝しげに見ていた。そんな時、店の奥に引っ込んでいた猫倉が顔を出す。
「あぁ来てたのかい久万山さん。急に連絡して悪かったねぇ」
「いやいや、仕事で近くに来ていたから構わないよ。それに顔を出そうと思っていたから丁度よかった」
親しげに話しかけた猫倉に対し、久万山と呼ばれた男も同じように目を細めて笑った。
一人状況の分からない左近に気付くと、猫倉はカウンター越しに久万山の前に慣れた手つきで日本酒とつまみを用意しながら口を開く。
「狐嶋さん、この方は久万山さんと言って“人に化けた狸”なんだ。昔は色々と有名でねぇ。化かす術に関してはこの方の右に出るものはいないよ」
「昔の話はよしてくれよ猫倉さん。私はもう隠居してるようなものだから」
酒を注がれたお猪口に口をつけた久万山は、大袈裟だというように猫倉をたしなめた。
「まだまだ現役だろうにどの口がおっしゃるんだか……。まあ良い、久万山さん。さっき話した内容なんだが、答えはどうだい?」
「あぁ、私で良ければ喜んで協力させてもらうよ」
「そりゃあ良かった! 狐嶋さん、これでやっと祝言が挙げられるねぇ!」
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