それは居酒屋から始まるお話で。

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それは居酒屋から始まるお話で。

週末前の金曜日。 午後八時を過ぎた馴染みの居酒屋は、まさに書き入れ時に相応しい賑わいをみせていた。 あちらこちらに仕事終わりらしいスーツ姿の人々が肩を並べて座り、日頃の疲れや鬱憤を晴らすように酒を酌み交わしている。 焼き鳥の焼ける良い香りが漂う店内は活気に溢れ、数人の店員が出来上がった料理や空いたグラスを両手に持ち、忙しなく行き交っていた。 カウンターに肘をついた狐嶋左近(こじま さこん)は、中身が半分以上残ったビアグラスを片手に、ぼんやりとその光景を眺める。 仕事終わりに立ち寄ってみたは良いものの、 最近 左近を悩ませている物事が頭の中にひしめき合い、来店してすぐに頼んだビールも今では生温くなってしまっていた。 楽しげな雰囲気の店内から、一人切り離されたように感じる。左近は直面している問題に頭を痛め、静かに目を閉じた。 その時、マナーモードに設定していたスマホがカウンターの上で小さく振動し、画面が明るくなる。目を開けて通知の内容を確認した左近は、眉を下げて小さくため息を吐いた。 《母:婚礼の日取りはいつにするの?》 左近をひどく悩ませているもの。 それは自分の婚礼行事についてだった。 三十路に近づくにつれて母親を始めとする親族から“早く嫁を迎えろ”という連絡が後を立たない。子孫繁栄を願う一族だからなのか、そのプレッシャーは左近の精神を追い詰めていた。
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