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第一章 過ちが追い縋る
「ゆきとさきは、いつからヴィジュアル系にハマったの?」
カラオケ店の個室、退室前の片づけをしながら、やや枯れた声で私は聞いた。
「中学上がってすぐ、くらいかな」
交際している私の彼女、周防ゆきが、デンモクを充電器に戻しながら答えてくれる。
「ネットでメイク系の動画を探してた時に、関連で、V系メイクの紹介動画とライヴ映像が出てきてさ」
私の彼女、周防さきが、マイクをくるくると器用に弄びながら答えてくれる。
「最初は、男の人が白塗りに、どぎついメイクして歌ってることにびっくりして、観客の女の子達が一斉にヘドバンしたりとか、ベース一回転させたりのパフォーマンスにびっくりして、デスボイスを使う歌い方に、びっくりした」
ゆきは、びっくり、と言う度に、長くて綺麗な指を一本ずつ立てる。
「で、その動画を観てるうちに、感傷的で、グロテスクで、残酷で、どこまでもストレートで、現実的で、それでいて理想を諦め切れない、哀切な曲調と歌詞がね、すっごく心に刺さったの。パフォーマンスとかも、思い切り暴れてるように見えて、歌ってる曲や、その時のライヴコンセプトから離れたことは絶対しない、そういう強いこだわりや、格好良さを追求する姿勢が、たまらなく格好良く映って、そこからもう、どっぷり」
さきが自分の胸を押さえながら説明を継いだ。
その仕草が可愛くて、私は反射的に、さきの頭を撫でて、髪を梳いた。指の間を艶のある黒髪が、さらりと流れる。
「ゆりは、いつ頃からハマった?」
ゆきから問い返された私は、さきの頭を撫でて愛でつつ、記憶を辿る。
「私も、ハマったのは中学の時だね。二年生の春辺り。ほら、中学二年ってさ、そういう格好良いものとか、音楽でも何でも、他人とは違うジャンルを好む時期じゃん?」
「へぇ、つまり、立花(たちばな)ゆりちゃんは、中二病だったわけだ」
ゆきは私に抱きつきながら、わざとらしくフルネームで呼んでくる。的確な翻訳付きで。
「やだ、ハッキリ言っちゃダメ。恥ずかしいから」
私はゆきを抱きしめ返しながら言う。
「そう? 私達も中二病だったし、恥ずかしがることないよ」
さきが私の手を取って、小さく振りながらフォローしてくれる。
「ありがとう。さき、優しい。大好き」
私はさきに笑顔を向けて、繋いだ手に力を込める。
「ねぇ、私のことは~?」
抱きついたままのゆきが、私の耳元で不満を漏らす。
「愛してるに決まってるじゃん」
私はゆきの吸い込まれそうなほど大きくて美しい、その目を見て応える。
「ゆりちゃん大好き!」
はにかみながら、ゆきが言う。
「あ、ダメだよ。呼び捨てにしてくれないと」
私は鼻先をくっつけて注意する。今の呼び方は、おふざけではなく、素だったからだ。
「はぁい、ごめんなさぁい」
ゆきは返事をしつつ、くっつけた鼻先同士を擦りながら笑う。
お互いの名前を呼び捨て合うようになってまだ日が浅いので、付き合い始めた当初のちゃん付けが、たまに出てしまう。まぁ、これはお互い様なので、注意という名目を含ませつつ、こうしてイチャつくだけだ。
私と、ゆきと、さきは、付き合っている。
女の子同士で、しかも、ゆきとさきは双子で、そのふたりと、私は同時に付き合っている。
これは、ふたり公認で、そして、ふたりの望みだったから。
ふたりを平等に愛することが付き合う条件で、それを了承したのは他でもない私自身。
他人から見たら、どこもかしこも、どこまでも、おかしな関係に映るだろう。
変な三人組、非常識な交際、若気の至り、歪な関係、そんなふうに思われるかもしれない。
けど、私達は気にしてない。
他人の目なんて、どーでもいい。
私は、さきとゆきを愛してる。
ゆきとさきも、私のことを愛してくれている。
それが一番大切で、それ以外は些末な事柄。
気持ちが通じていることの他にも、内面的に似ている部分があるとか、似ていない面もあるとか、経済的には恵まれていて、けれど、悲惨な目にも遭ってきたという、黒くて暗い共通点もあるし、それらを共に乗り越えたという想い出も共有している。
付き合うに至った動機、その理由を列挙することは簡単で。
けど、そういうことじゃない。
勿論、ふたりの外見も大好きで、艶のあるミディアムストレートの黒髪も、長い睫毛も、バランスの良い二重の目も、白い肌も、長くて綺麗な指も、私より五センチ高い背も、華奢な肩も、柔らかい匂いも、少しハスキィな声も、全部が好き。
けど、そういうことでもない。
もっと深い芯の部分で、私達は繋がっている。
だから、こうして一緒にいる。
信頼し合える。
依存し合える。
愛し合える。
幸せだ、と思えるのだ。
「ていうか、中二病さ、今も完治してないよね。こういう格好したくてたまらなかったし、服は黒が好きだし、骸骨とか、鎖とか、十字架とか、好きだもん」
さきが私達さんにんを、ぐるりと指差しながら話題を戻す。
そうかもしれない、と私は自分の首から下を眺める。
今日は日曜日。学校はお休み。さんにんで朝からカラオケに入り浸って遊ぶ予定だったので、趣味が完璧に反映されたファッションをしている。
私は白い刺繍の入ったレースの黒ワンピース姿で、足下は黒のヒールブーツ。
ゆきはピンクのクマちゃんが頭をふき飛ばされた絵がプリントされた黒いパーカーに、下はダメージ加工が施された黒のスキニーパンツ。
さきは銀色の髑髏が胸の中心に鎮座するタイトな黒い長袖シャツに、黒のレザースカートを履いている。
メイクは白系の下地に、目元とリップだけ暗色系。自分達の肌の白さと着ている黒系の衣装に合わせた。
「あとは、血しぶきとか?」
「死神とか、大鎌も好きだよ」
私が思考している間も、さきとゆきは中二病談義を続けていた。
「ねえ、ほら、片付けの手止まってるよ。もう出るんでしょ?」
私はふたりの手を握って軽く上下させ、退室作業を促す。
マイクを全て充電器に戻し、スマートフォンをポケットに入れて、さんにん仲良く日焼け止めを塗り直す。会計用の伝票を持ち、ぐるりと個室を見回して、忘れ物がないことを確認。
「よし、じゃあ、出ようか」
私はそう言って、個室の扉に手をかける。
「あ、待って。忘れもの」
扉に掛けた私の手を、ゆきが握って止める。
振り返ると、ゆきの顔が目の前にあった。
そのまま、ゆきと私はキスをする。
「あ、私も」
さきが私の頬に手を添える。
続けざまに、私はさきとキスをした。
顔を離して、交互に目配せをして、私達は、くすくすと笑い合う。
忘れてなんていなかったからだ。
カラオケ店から外に出た私達は手を繋ぎ、アーケード街を歩く。
休日ということもあり、人の往来は多い。私達と同じくらいの年齢の子達がゲームセンターやカフェを出入りしている。ファション系のショップも盛況。大学生らしき男女のグループと頻繁にすれ違う。お酒が飲めるお店が集中している区画へ騒ぎながら移動しているグループも多い。時間的に、そろそろ開店する店も多いはずなので、今から飲み会なのかな、と想像した。
午前中から出て来たのに、気づけば夕方だった。フリータイムで歌って盛り上がっていると時間の感覚が無くなるので恐ろしい。こういうの、なんて言ったっけ? 体感的な時間感覚の変調、えっと、なんとかの法則、っていうのが、あった気が……。
「やっぱり、放課後に立ち寄るのとは違うね。門限気にしなくていい代わりに、時間感覚が無くなっちゃう」
繋いだ手を小さく振りながら、ゆきが言った。
「あ、私も今、同じこと考えてた」
「本当に? 嬉しい!」ゆきが笑う。
「もし放課後に、今日と同じような遊び方したら、間違いなく大目玉食らうね」
さきが言う。
「ねえ、こういうの、名前付いてなかったっけ? ほら、楽しい時間は早く過ぎちゃう、ってやつ。そういう現象? の名称があったよね」
ゆきが空いている方の手の甲を、自分のおでこに当てて唸る。
初めて見るポーズだ。きっと、思い出すのに必要なのだろう。
「あぁ、あった気がする。ええっと、何だっけ?」
さきもゆきと同じように、手の甲をおでこに当てて唸る。そのポーズの起源が、私は気になった。
「多分、ジャネーの法則、だったと思う」
私は先程まで考えていたことを、そのまま口に出した。
「ゆり、すごい!」
さきが私に抱きついて褒めてくれる。
「うろ覚えだから自信無いけどね。間違ってるかも」
「ううん、すぐに答えられること自体が凄いんだよ」
ゆきも私に抱きつきながら褒めてくれる。
私は頬を緩めて、甘い現状に浸る。
幸せだ。
ふたりと過ごせる今が、こうして好きなお洒落をふたりと共有できることが、さんにんでイチャつけることが、気軽に気持ちを通わせられることが、たまらなく幸せ。
このまま続いて欲しい。
ずっと、このまま、この先も、ずっと。
大切にしよう。この関係と、ふたりを。
この先、何が起きようとも、離さない。
「周防ちゃん……だよね?」
唐突にかけられた声に、私達は揃って振り向いた。
サブカル系のファッションをした、中学生くらいに見える女の子が、こちらを向いて立ち止まっていた。
誰だろう、知らない子だ。
私は自分の身体の左右に抱きついている、さきとゆきを交互に見る。
ふたりの知り合いだろうか、と考えたのだけど、当人達は何故か、相当険しい表情で、目の前の子を睨みつけていた。
「ゆきとさきの知り合い?」
私は小声で問いかける。
ふたりは、それには答えず、私の手を引き、行こう、とだけ言った。
「待って! 話したいことがあるの!」
歩き出した私達を、その子が叫ぶように引き留めてくる。
「私達には無い」
振り向きもせずに、ゆきが大きめの声で言った。
「話を……」
私を引きずるようにして歩く。
その後ろを、女の子が追い縋ってくる。
「興味ないから」
さきが私の手をぐいぐい引きながら言葉を返す。
「もう、そういう関係じゃないって、分かってるよ!」
その叫びに、私は思わず足を止めた。
そういう関係? どういう意味?
「ゆり、ほら、行こう」
さきが私の手を引っ張る。
けど、私は、その場から動かなかった。
いや、動けなかった。
追い縋ってくる彼女の存在が気になって仕方ない。
おそらく、聞かない方がいい、きっと良くないことだ、と頭の中で警鐘が響く。
でも、それに従えるほど、私の人格は素直ではなかった。
「振られたことも、二人に気持ちが残ってないことも、分かってる。自分でも、諦めがついたと思ってた。私以外の女の子といるところを見なかったら、話しかけなかったよ」
追い縋ってくる彼女の言葉が気になって仕方ない。
私の頭が、私の制御を離れ、耳から入った情報を精査し始める。
仄めかされた、ゆきとさき、この子の関係性。導き出される、最も有力な結論を、どうにか否定しようと抵抗するけど、あらゆる想像は初めに浮かんだ点に収束してしまう。
「……元カノ?」
私の呟きを、ふたりは聞き逃さなかった。
ゆきが私の手を握り、この場から離そうと促してくる。
さきが女の子の肩を掴んで、通りの端へと引いて行く。
「やだ……やだ! さき! その子に触らないで!」
反射的に、私は叫んでいた。
完全に無意識だった。
その子にさきの手が触れた瞬間、凄まじい嫌悪感が身体を駆け巡った。
「ほら、やっぱり、付き合ってるよね? ねえ、どうして? その子は良くて、私がダメだった理由は何? その子、見た目も私と似てるよね? 外見や顔の好みが違ったとか、そういうことでもないんでしょ? だったら何で? ねえ、何でなの?」
その子はその子で、さきに食ってかかる。
通りを歩く人々がちらちらと私達を振り返る。
けど、そんなこと気にしていられない。
「ゆり、お願い、聞いて」
ゆきが私の顔を正面から捉え、語りかけてくる。
それを受けて、私もゆきの顔を両手で挟み、待ち切れずに問いかける。
「うん、聞くよ。聞くから、教えて? あの子は何? ふたりの何だったの? まさか、元カノじゃないよね? 違うよね? そういう関係って何? 付き合ってたとか、ないよね? 女の子と付き合ったのは、ううん、付き合ったこと自体、私が初めて、って言ってくれたもんね? 誰かを好きになったことも、私が初めてだって言ってくれたよね? なら、どういうこと? あの子は、あの子は何なの? ふたりにとっての何? ねえ、答えてよ。元カノじゃないんだよね? 違うよね? 否定してよ。お願い、違うって言って?」
私の問いかけに、ゆきは口を開きかけて……。
閉じてしまった。
その動作が、もう、答えだった。
「……どうして?」
自分の両目から涙が溢れる。
それはすぐに目の縁から零れて頬を濡らし、顎を伝って落ちていく。無機質な地面へと。
ふたりへの信頼が瓦解するさまを表している、と連想した。
「違う、違うの、ゆり」
ゆきは私の目元を、自分の服の袖で拭いながら言葉を続ける。
「浮気じゃないよ? その、中学の時に、付き合ってた子なの」
「そんなの、分かってるよ」私は嗚咽混じりに言葉を発する。
「私が、どうして、って、聞いたのは、どうして嘘をついたの? っていう意味……」
涙でほとんど見えなくなった目を、ゆきの輪郭へ向ける。
ゆきは押し黙ってしまった。
「私が、教室で、告白した時も、私の家で、聞いた時も、誰かと、付き合ったり、好きだって、言い合ったのは、初めてだって、言ってくれたよね? あれ全部、嘘だったの?」
「……ごめんなさい」
ゆきが謝罪の言葉を述べた。
嗚呼、謝った。
嘘を認めた。
私に嘘をついていた。
よりにもよって、一番嫌な嘘を。
「あの子とも、キスしたり、抱き合ったりしたの?」
私の問いかけに、ゆきは答えない。そのシルエットは微動だにしない。
「あの子にも、好きだよ、って、毎日、言ってたの? 私に言うみたいに……」
「……あの子のことは、そんなに好きじゃなかった。私達にとっては、ただの、遊びだったから」
ゆきは呟くように答えた。
その言葉を聞き、私は頭に血が上るのを感じた。
遊びだった?
遊びで付き合ってた、ってこと?
なにそれ、意味分かんない。
ゆきのことが、さきのことも、分からなくなる。
ふたりの思考が、感情が、理解できない。
元カノがいて、それを私に隠していて、私以外にキスしておいて、抱きしめておいて、それ以外にもどれくらいイチャついたのか知らないけど、それで好きじゃなかった?
本気じゃなかったら、何をしてもいいの?
玩具にして、適当に遊んで、愉しんで、捨てた、ってこと?
どうして、そんなことをしたの?
ストレス発散のため? ご両親への当てつけ? 水面下での反抗だったの?
ゆきとさきは、ご両親と致命的に仲が悪い。それは、ふたりが物心ついた時からずっとのことで、双子であることを利用され、ご両親の虚栄心を満たすための道具として扱われ、自我を抑圧されていた。そのせいで、ふたりの内側には、自棄自傷的な人格が発現してしまっていた。
付き合い始めて比較的すぐに、私はそれに気づき、ふたりと話し合った。無意識に家庭環境に接するような刺激を与えてしまい、ふたりを怒らせたこともあったし、過剰な詮索と詰問をしたことで、ふたりから暴力を振るわれたりもした。
けど、私はふたりが好きだから、気にならなかった。
首を絞められたり、胸倉を掴まれたり、酷いことを言われたり、爪を立てられたり、顔を叩かれたりしたけど、気にもならなかった。
その程度のことで嫌いになんてならないし、なれない。この感情が冷めたりもしない。
そんなことよりも、ふたりが自分達を傷つけてしまうほど、何年も人形のように扱われてきたこと、本来の優しくて素敵な性格を歪ませてしまうほどの抑圧を受けていることの方が問題だと思った。改善のために行動しなくては、と決断した。
それらの気持ちを伝え、懸命に訴え、私自身の覚悟を伝えたことで、ふたりは私に謝り、私のことを信じてくれた。味方だと認めてくれて、自分達の感情を、想いを、曝け出してくれた。それが本当に嬉しかった。
私からキスをして、好きだと告げて、ふたり共が私と付き合ってくれて、こんなにも愛してくれて、黒い感情なんて、家庭の事情だって知られたくなかっただろうに、言いたくなかっただろうに、全てを私に話してくれた。彼女だからと信じてくれた。
ご両親に反抗するよう私が頼むと、それを承諾して、実行してくれた。
無茶なお願いだったのに、ふたりはリスクを承知で、私の希望を汲んでくれた。
それが私達さんにんの為に成るからと。
それがあったから、私はふたりを全面的に信用していた。微塵も疑っていなかった。そんな必要はないと。
私達の関係は普通じゃない。これは平均的ではない、という意味。
女同士で付き合っていることや、ふたりと同時に付き合っていることだけを指しているわけじゃない。それも事実の一端ではあるけれど、それ以上に、深く、固く、歪で、けれど美しく、確固たる繋がりで結ばれていること全てを含めての評価。
それが私達にとって最適解だと、愛の形だと、信じていたから。
それなのに、こんな仕打ちってないでしょう?
あんまりだよ。
分からない。
ふたりのことが分からなくなる。
駄目、ダメだよ、こんなのは……。
「ゆり、あのね……」
ゆきが口を開く。
大好きな、ゆきの声。
その声を聞いた瞬間、しかし理不尽にも、私の中の線が切れた。
理性と感情を隔てる境界、そこに張られた細い線が、ぷっつりと。
意識が追いついた時、私は既に、ゆきの頬を叩いた後だった。
乾いた音が遅れて聞こえ、次いで、右手と、自分の胸に、じんわりと痛みが広がる。
「ちょっと! 貴女、何してるのよ!」
あの女の声が聞こえる。
焦りが含有された高い声。
そのくせ、上品ぶろうとしていて不快だった。
無視する。
目の前に立つ、ゆきにだけ向けて、私は告げる。
「……最低」
言葉を発してから、大きく瞬きした。
溜まっていた涙が落ちて、一瞬だけ視界がクリアになる。
ゆきは私を見ていた。
悲しそうな目で。
けれど、泣いてはいなかった。
気丈にも二本の足で、しっかりと立って。
私を見据えていた。
私は一体、何をやっているのだろう?
すっかり日が落ちて暗くなった自宅のリビングで。
椅子に座り、自問する。
結局、あの場から走って逃げ出した。
ふたりの顔を見たくなかったし、あの女の近くにも居たくなかった。
何を、どう説明されても、冷静に聞ける自信が無かった。受け入れられるとも思えなかった。それに今度は、さきのことも叩いてしまいそうだった。
だから、なに?
違う。
こんなのは、押しつけがましい言い訳だ。
耐えられなかっただけでしょう?
起こった現実に、ふたりの過去に、押し潰されそうになって、逃げ出したのだ。
目を閉じて、耳を塞いで、後ろを向いて、振り返りもせずに。
それで、どうなる? どうなった? 何かが変わったのか?
そんなわけがない。変わりはしない。どうにもならない。好転など絶対にない。
じゃあ、他にどうすれば良かったの? 教えてよ。
心の中で毒を吐く。
自分の中で自分に抵抗を見せる、自分の人格達へ疑問を投げる。
誰も答えない。答えられそうにもない。
皆、怒り狂っているから。
どいつもこいつも、私と同じかそれ以上に、怒っている。
嫉妬と狂気に飲まれ、人外の様相を呈している。とても話が通じる状態ではない。
誰か一人くらい、冷静な私はいないの?
心の中を、ざっと見渡す。
どいつもこいつも、子供みたいに泣き喚いている。
もう幼くはない外見と素行に、それは全く似つかわしくない。
ダメね。
それにしても、醜い。
そう感じた。
私も、それに同調してゆく。
倣いたくない方向へ堕ちていく。泣いて、鳴いて、喚いて、叫んで、頭を抱え込んで、その場に崩れ落ちる。
怒りは悲しみへ、堕ちては嘆きへ、転化していく。
嫌だ。
いやだよ。
ふたりに元カノがいた。
私が初めてじゃなかったんだ。
あの笑顔も、あの温もりも、あの手も、あの唇も、気持ちも、愛してるの言葉も、全部。
他の女に与えた後だったんだ。
自分が二番目だったことが嫌だった。
嘘をつかれたことが、とっても嫌だった。
ふたりのことを完璧に理解していると自惚れていた自分が憎らしかった。
どうして、もっと早く言ってくれなかったのだろう?
正直に打ち明けられても、やっぱり気にしたと思う。傷ついただろうし、自分は元カノよりも愛されているだろうか、私のことは元カノよりも好きだよね? とか色々考えたに違いない。それでも、ほんの少しの時間さえあれば、緩やかに受け入れられたと思う。
例えば、私が告白した、あの教室で、初めてふたりと出会った、あのタイミングで、さらりと告げてくれていたら、これほど傷つくことはなかった。
あの告白の瞬間は、起きる全ての出来事が衝撃で、元カノがいるとか、そんな些細なことは気にしていられなかった。それこそ、いとも簡単に聞き流せただろう。
それなのに、ねえ、どうして、このタイミングなの?
なんで今頃、言い出すの?
ダメだよ、こんな、完璧に依存した後で。
付き合い始めて、今が一番、楽しい時じゃん。関係を大切にしたい時期じゃん。
なら尚更に、話し合えばいい。
ここまで考えたことを、言葉を、感情を、そっくり、そのまま伝えなよ。
うるさい。黙ってて。
それくらい分かってる。
もしも問題が起きたら、話し合うのではなかったの?
そういう話ができる関係ではなかったの? 信頼しているのでしょう?
そうだよ。
そう考えていた。
私達なら、私なら、それができると自負していた。
なのに、いざ問題が起きてみれば、このザマだ。
大好きなふたりを拒絶して、否定をぶつけて、暴力を振るって、遠ざけた。
ゆきは言い訳をしなかった。
短い時間だったけど、私が一方的になじって、逃げただけ。
ゆきは言い訳がましい言葉なんて、ひとつとして吐かなかった。
真摯に謝っていたではないか。
隠していたことは許せない。
嘘をついたことも許せない。
けれど、次に会った時は、理由を聞いてみよう。
このままでは何も分からない。
責めるにしろ、許すにしろ、情報が不足している。
さきと、ゆきと、話そう。それしかない。そうでしょう?
心の中を再度、見回す。
いつの間にか皆、落ち着いていた。
冷静だ。
私の人格達は全員、私を見ている。
そうだ、私がしっかりしなければ。
怒りも、悲しみも、思考も、感情も、全てを手中に収める。
考えろ。それから行動しろ。
泣くのも、怒るのも、その後でいい。
感情的な動物には、いつだってなれる。
お前は、人間のはずだ。
「そうだね……」
私は口に出して、自分の思考を肯定する。
長く、長く、息を吐き出す。
やるべきことは鮮明。
後は実行に移すのみ。
考えと方針をまとめた私は、着替えるために立ち上がり、椅子から身体を離した。
その瞬間、膝から床へと、崩れ落ちた。
手足に力が入らない。
息が詰まって、呼吸ができなくなる。
自分の意志とは無関係に涙が溢れる。
頭の切り替えに身体がついてきていないのだ、と理解。
激しく痙攣し始めた両手で、ゆっくりと胸を掻き抱く。
「だって……辛いよ」
零れた感情が安寧をもたらすことはなく、むしろそれは、容赦なく私を絞めつけた。
とてつもなく気分が悪い。
夜中にベッドへ横になり、ぶつ切りの睡眠を繰り返しているうちに陽が昇った。
日曜日の翌日だから、この陽は月曜日のもの。学校がある。そろそろ用意しないと。
耳元で鳴り始めたスマートフォンのアラームをすぐに止め、布団から出ようとしたけど、お腹が痛くて動けず、丸まった体勢に戻る。
体調が最悪。寝不足で意識は混濁しているし、身体は体重が倍になったかのように重い。お腹がめちゃくちゃ痛いし、吐き気もある。頭痛もする。動けない。動きたくない。このまま死んでしまった方が楽なのではないかとさえ思う。
考える。
ゆきと、さきのこと。
あの女のこと。
無意識のうちに歯ぎしりが出た。
ふたりの顔を見たくない。けど、ふたりと話がしたい。腐っていては何も解決しない。
意地と理想が混在していた。
疑念は、いつだって先行する。私の心を引き摺って。
納得できるかは分からない。けど、試してみないことには始まらない。
ままならない自分の身体と、あの女と、嘘をついたふたりに腹を立てながら、しかしそれが原動力となり、私は身を起こして着替えを始めた。
どうにか学校に辿り着いたけど、体調は確実に悪化していた。
ただでさえ朝に弱いのに、液体すら胃が受け付けなかったせいで、寝起きのコーヒーが飲めなかった。それが原因で、頭の稼働率は普段の半分以下である。(寝起きはいつも半分しか稼働していないので、実質四分の一以下だ)
もはや自分が人間と呼べるかすらも怪しい状態だった。呼吸している死骸と形容するのが相応しい。今なら野良犬の方が、私よりも賢いだろう。
ゆきは既に教室にいた。
私と顔を合わせるなり眉を下げ、ゆり、大丈夫? と聞いてくる。
ゆきとさきは、私が朝に弱いことを理解してくれている。その上で、こうして聞いてくるということは、私は相当酷い顔をしているのだろう。
「もう少し早めに来て、話をしようと思ってたんだけど、お腹痛くて、気分も悪くて、なかなか起きられなかった。ごめん」
「いいよ、そんな……謝らないで」
「昼休みに、さんにんで話そう。そこが一番、時間が取れるからさ」
話しながら、意識が散漫になっていくのを自覚する。
言語出力機能が低下している。導線はぎりぎりで、どうにか繋がっている状態。
頭痛がする。吐き気も消えない。お腹が、すごく痛い。
机に突っ伏したまま、ホームルームが過ぎても尚、私は顔を上げられなかった。
昼休みを告げるチャイムが鳴る頃には、コンディションは過去最低を更新していた。
ゆきが隣のクラスへさきを呼びに行っている間、私は、その教室の戸口で座り込んで待った。視界は明暗を繰り返している。クラス内や廊下を行き交う生徒達の声をアラーム代わりにして、どうにか意識を保っている状態だった。
「ゆり? ゆり、大丈夫? ちょっと、ゆき、これ、まずいよ。保健室連れて行こう」
さきの声が聞こえる。
大丈夫、と伝えたかった。
口を開けているはずなのに、声が出せなかった。
視界が暗色のみに変わる。
あ、確かに、これ、まずいかも。
次の瞬間、身体から感覚が消えた。
ゆり? ゆり! ゆき、そっち持って!
暗闇の中に、ふたりの声が響く。
あ、これ、さんにんだけの世界みたいで、いいかも。
そんなことを考えながら、私の意識は揺れて、途切れた。
目を開けると、白い天井が視界一面に広がっていた。
何度か瞬きをして、上半身を起こす。
吐き気と頭痛は消えていたけど、お腹は相変わらず痛かった。
「あ、起きた? おはよ、気分どう?」
私が寝ているベッドへ向けて、保健室の先生が声をかけてくる。
「……私、倒れたんですか?」
どうにか声を絞り出して言葉を返す。喉が掠れていた。
「らしいよ。廊下でパタリ、だってさ」
先生は保健室の端、流しが設置されている区画へ寄り、液体をマグカップに注ぎながら答える。匂いから、それがコーヒーだと分かった。
「廊下で……そっか、教室を出て、その後か」私は独り言を呟く。
倒れる前後の記憶が、ようやく合致する。意識を失うという経験を今までしたことがなかったので、状況認識と修正の処理に時間がかかった。
「寝不足と貧血が原因だね。昨日、徹夜したでしょ?」
コーヒーのマグカップを教員用のデスクへ置き、私の方へ歩いて来つつ、先生が言う。
「そういうの、分かるものなんですか?」
「いやいや、目の下のクマ、酷いじゃん。今日、鏡見てないの?」
「気にしている余裕が、なかったので……」
私は、目の涙袋辺りを指でなぞりながら言葉を返す。
触っても分からないよな、と遅れて気づく。頭の回転数がまだ低い。本調子の半分程度だ、と自己診断。
「竜胆(りんどう)先生ですよね? 初めまして、立花です」
私は頭のリハビリを兼ねて、ベッドサイドに立つ先生に挨拶をした。
「倒れて運ばれてきて、そんで自己紹介をした生徒は、初めてだな」
竜胆先生は、ふき出しながら言った。
先生は背が高い。こうして隣に立たれると、よく分かる。私より十センチは上だろう。手足が長く、身体は健康的なスタイルで、丈長の白衣が映えている。
「こういう機会でもないと、挨拶することがないので」
私は思考と並列で言葉を返す。
「保健室の教員となんて、一度も会話せずに卒業できるくらいが一番良いんだけどね」
「そういうものですか?」
「そういうものですよ」
竜胆先生は、おどけた調子で言い、肩をすくめる。
「便りが無いのは元気な証拠、って言うでしょ?」
「それは、ちょっとニュアンスが違うと思いますけど、おっしゃることは、ええ、分かります」
「さて、寝不足は寝るしかないとして、お腹痛いんでしょ? 薬いる?」
「あ、欲しいです」
私がそう答えると、先生は戸棚の方へ歩いて行く。
「よく分かりましたね。お腹痛いって」
私は先生の背中へ声をかける。
「身体が、くの字に曲がってるからね。ちゃんと見てれば分かるよ」
「あ、本当だ」
私は自分の姿勢を見て納得する。
「ねえ、あの双子と、何かあった?」
戸棚の方を向いたまま、先生が聞いてくる。
「双子? さきとゆき……あ、周防さん達ですか? どうしてです?」
「アンタをここへ運んできたのが、その双子だったからさ。生徒が、しかも女の子二人で女の子運ぶなんて危ないから、途中で会った男の先生が運ぶのを代ろうとしたらしいんだよ。そしたら、触らないでください! って、すごい剣幕で怒鳴られたってさ。その男の先生、傷ついてたよぉ」
竜胆先生は笑い、思春期だもんねぇ、貞操観念ガチガチになるよねぇ、と呟きながら、ガラスのコップに水を注いで、薬の錠剤と一緒に渡してくれた。
それを受け取って礼を述べ、飲み込みながら、私は話の続きを聞く。
「で、アンタを寝かせてからも、休憩時間の度に様子を見に来るのよ。私が、大丈夫だから、死にはしないから、って言っても聞きやしない。私達が傷つけたんです、目が覚めたら、真っ先に謝りたい、万一のことがあったら、自分達は生きていけない、って大袈裟なことを言うわけ。健気だよねぇ」
「そう、ですか」
私は視線を落としたまま頷く。
ふたりは、ふたりが、そこまで……。
「そうですか、じゃなくない?」
竜胆先生がベッドに腰掛けながら言う。
「あんだけ真摯に動いてくれた二人に、何か思うところないの? それとも、あの双子が、アンタが倒れた原因なの? 二人からは何があったか聞けてないし、話してもくれなかったから、状況分かんないんだけどさ。サラっと流していいもんじゃないでしょ?」
鋭い指摘だった。
事情は分からないけどと言う割に、切り口は鋭利。
つまり、見逃してくれそうにはない、という予感。
「単刀直入に聞くけど、喧嘩? それとも、いじめ? 悩んでるなら話聞くよ。私、面倒臭がりで、遠回しな表現とかも苦手だから、気遣いは壊滅的だけど、そのぶん、話しやすい相手だと思うからさ」
「それ、自分で言っちゃうんですね」
「謙遜や言い訳なんて時間の無駄だからね。言いたいこと、必要なこと、大切なことは、ハッキリ伝えた方が良い。これ、経験則。つまり、年の功ね」
竜胆先生は肩をすくめながら説明した。
「で?」
「はい、何でもありません」
私はできるだけ涼しい顔を意識して答える。
「何でもない?」
竜胆先生は片方の眉を上げて、露骨な疑いの目を向けてくる。
「何でもないのに倒れるか?」
「単なる体調不良です。先生がおっしゃったように、貧血と寝不足が原因です」
「何でもないのに、女二人がかりで保健室に運んでくるか? 教師に頼らず、付きっきりで看病しようとして、自分達が悪い、もう生きていけない、とか言うか?」
「私の友達は、優しい子達なんです」
「あの二人は、本当に友達なの? いじめっ子じゃなくて?」
「違います。私の大切な親友達です」
先生は、私の顔から目を逸らさない。
返した言葉の中から、見えない何かを見つけようとしている、そんな眼だ。
「……嘘だね」
しばしの観察を経て、先生は何故か口角を上げ、呟くように言った。
「何がですか?」
「アンタが説明したこと全部だよ。倒れた原因も、あの双子との間にあったことも、あの双子との関係も」
「どうして、そう思うんですか?」
私は問い返しながらシーツをどけて、ベッドから下りる。
この人は勘が鋭い。観察能力も高い。既に第一印象とは違う面が露出している。
認識を修正し、対話に備える必要がある、と私は判断した。
この手の人間には覚えがある。他人の事情が気になって仕方なくて、しかし野次馬という野暮ったいカテゴリに振り分けるには不適格。それくらいには高い察知能力を有している。人間関係や各々の主張、その繋がりを詮索し、点と点を線で正確に繋げることを趣味とする、そんな人種。あまり一緒に居たくない相手だ。
それに、しつこく、双子、と連呼するのも不愉快。
双子、じゃない。
ゆきと、さきだ。
一括りにするな、と私は内心、腹を立てていた。
「アンタは多分、私と似てる」
竜胆先生はそう言いつつ、立ち上がった私の後ろに回り、背中を手で払ってくれる。
制服を、というより、私の身体のラインを這うように、腰の辺りやスカートの後ろまで、確かめるような手つきで、何度も、何度も。
「考え方や、人間の好みなんかがさ、似てると思う。だから分かるんだよ。どうして意地を張るのかも、隠そうとする理由も、他人に知られたくない、っていう、その気持ちも、私なら理解してあげられる」
「それは無理だと思います」
私は振り向き、先生の顔を正面から捉えて、左右に頭を振って否定。少し眩暈がした。
「私は誰にも似ていません。考え方も、人の好き嫌いも、私の感性だけに由来するものであって、外部からの影響は受けません。受け入れるつもりもありません。なので、誰かと似ている、ということは、あり得ません」
「あれ? アンタ、結構、頭良いね」竜胆先生が可笑しそうに言う。
「それ、教師が生徒にやっちゃダメな褒め方だと思います」
私はそう返しながら、制服のポケットを探る。
あれ?
「ああ、これ?」
竜胆先生は保健室の中央に置かれたデスクまで移動し、引き出しを開け、何かを取り出す。それは、私が探していたスマートフォンだった。
「体調が悪い、って言うからベッドで寝かせてたら、いつの間にかスマホ触ってる子が結構、多いんだよね。だから、横になる時は原則、預かることにしてる」
「……なるほど」
一応、頷いて見せた。
けど、引っかかる。
私のスマートフォンにはパスコードロックをかけてあるから、中を覗くことはできない。けど、同時に指紋認証でのロック解除も設定してある。つまり、意識不明だった私の指にスマートフォンの指紋認証機能を起動して接触させ、ロックを外し、中を覗くこと自体は可能だったはず。
良識ある人間(さき、ゆき、私の父など)なら、そんなことはしないと断言できる。
しかし、男子生徒や男性教師、赤の他人や、この人などは、その限りではない。
この人は特に、信用できない。
竜胆先生は、自分と私が似ている、と言う。
先程は否定してみせたけど、自身の意向を素直に言語化して伝えた方が何事も手っ取り早く、余計な齟齬が無くて済む、などの思考プロセスは確かに私と似ている。
そして、人の好み、という部分。
ぼかした言い方をしていたけど、これも察するものがあった。
私を見る目、私に触れる手つき、私とゆきとさきの関係への詮索などから、この人の【好き】の対象が、私と同種である可能性が非常に高いと感じた。
常とは異なる人種は、同類を嗅ぎ分けるのが得意なものだ。嫌でもそうなってしまう。悲しい性。
これに加えて、もし本当にスマートフォンの中を覗いていたのだとすれば、先生は確信を持って私に迫ることができるだろう。弱った獲物を見つけた、押せば寝取れるでは? などの自惚れをしていても、おかしくはない。いや、倫理的には十分、おかしいのだけれど、それを指摘するには、私も同等か、それ以上にズレた観念を有する人種なので割愛する。
とにかく、私の中で竜胆先生が要注意人物としてカテゴライズされたのは確定事項。
「それで、どうする? 動けそうにないなら、親に連絡して迎えに来てもらったら?」
「大丈夫です。教室に戻ります。授業もあるし」
スマートフォンを受け取りながら答えると、先生はふき出した。
「なんで笑うんですか」
「いやいや、アンタ、時間見てみなよ」
そう言われて、私はスマートフォンで時間を確認する。
六時限目後半の時刻だった。
つまり、ほとんど放課後と相違ない。
「私、そんなに寝てたんですか?」
「だからさっき、休み時間の度に双子が来た、って言ったんだよ」
竜胆先生は笑いながらデスクに座ってマグカップを持ち、コーヒーを飲む。
私は未だ低速な処理しかできない自身の脳細胞を叱咤しながら溜息をつき、先生へ、薬、ありがとうございました、とだけ告げて、廊下に面したスライド式の扉へと歩く。
「また体調悪くなったり、何か話したくなったら、気軽においで。立花さん」
かけられた言葉に私は振り向かず、はい、とだけ返事をして廊下に出た。
歩きながら考える。
やはり、あの人には何も話さなくて正解だった。そもそも私達さんにんの関係を、どこぞの誰かにわざわざ開示してやる気が毛頭ない。赤の他人が私達の関係を理解できるとは思えないし、有象無象の大人も、クラスメイトも、根本的には同じくらい信用できない。聞かれても正直に答える義理も無ければ、打ち明けるメリットもない。リスクばかりだ。気軽に言いふらされたら不愉快だし、あることないこと吹聴されたら大迷惑。親に告げ口されても困る。進路に悪影響が出る可能性だってある。さきとゆきのご両親なんて、怒り狂うに違いない。ふたりから聞いた限り、そういう人種であらせられるからだ。
六時限目終了を告げるチャイムが頭上で鳴った。
急ぐ理由はなく、お腹も痛いので、ゆっくりと階段を上る。
自分のクラスがある階に辿り着く頃には、ホームルームを終えたと思しき生徒達とすれ違い始める。皆一様に笑顔で、解放感からか、今後の予定のためか、とにかく楽しそう。
それを見て、私は今、どんな顔をしているだろう、と気になった。
自分の教室の入口で、飛び出してきた女子とぶつかりそうになる。
ゆきだった。
「ゆり! ごめん、ぶつからなかった? 体調、大丈夫? じゃないよね。まだ辛い?」
ゆきは朝と同じように眉を八の字にして、私の頬や肩を触りながら聞いてくる。
かけられた言葉に、触れてもらえたその事実で、私は温かな気持ちに包まれた。
つかれた嘘が許せていなくても、未だ怒っているフリをしていても、心は馬鹿正直な反応をみせて飛び跳ねる。
彼女のことが好きだという気持ちと、その大きさに起因する感情の揺らぎは、些末な理屈程度で誤魔化し切れるものでは到底ない。
「沢山寝たから、眩暈と吐き気と頭痛は治ったよ。ていうか、寝過ぎてて、びっくり」
私は、なるべく柔らかい物腰を意識して言葉を返す。
気持ちは、こんなにも正直なのに、それを外部へと伝達する役割を担った人格は、未だに意地を張っている。油断すると、冷たく当たってしまいそう。こんなに優しくて、思いやりに溢れた自分の彼女に、そんな手酷い真似は二度としたくない。
「良かった。でも、体調そんなに悪かったんだね。もっと早くに気づいてあげられなくてごめんね。朝の段階でもう、保健室へ連れて行ってあげるべきだった」
言いながら、ゆきが私の手を握る。
それと同時に、反対の手を後方から握られた。
声をかけられる前から、その手がさきのものだと分かった。
私は振り返り、愛する彼女の存在を確かめる。
ほらね。間違えるはずなんてない。分からないなんてあり得ない。
「ゆり、おかえり。顔、まだ白いね。あんまり良くなってないように見えるけど、その、ごめん……倒れたのも、私を迎えに来てくれたタイミングだったし、あと、色々謝りたいことがあって、ちゃんと話したいこともあって、あのさ、私達ちゃんと話すから、だから……」
「さき」
切羽詰まった表情で早口にまくしたてる彼女を、私は名前を呼んで制する。
「帰り道で話そう。なんなら、うちに来る? その方が周りを気にせずに話せるでしょ?」
私はふたりの顔を交互に見ながら提案する。
「……いいの?」
さきが上目遣いで私に問う。
「いいよ」私は軽く頷いて肯定する。
この機会に、謝ろう、と決める。
逃げ出して、ごめん、って。
意地張って、ごめん、って。
話聞かなくて、ごめん、って。
謝りたいことが、話したいことも、沢山ある。
ふたりの優しさが、抵抗する気持ちを切り替えるきっかけとなった。
私がすべきは素直になること。それ以外にない。
「じゃあ、お邪魔したい」
さきが私の手を引き、歩き出そうとする。
「あ、鞄を……」
私がそう言いかけると、ゆきが二つのスクールバッグを掲げた。
「持って来てくれたの? ありがとう」
私が礼を述べて受け取ろうとすると、さきが先にそれを持った。洒落ではない。
「ゆりは体調が良くないから、鞄持っちゃダメ。代わりに、ほら、こっち」
ゆきが言って、私の手を握る。
空いていた私の両手はすぐに、さきとゆきの手が占めた。
私の彼女達は、どこまでも優しい。
温かさから生じる嬉しさと、そんなふたりを責めてしまったことへの罪悪感から胸が締め付けられて、たまらず息を吐いた。
さんにんで手を繋いだまま廊下を歩き、階段を降りる。
下駄箱で靴を履き替えて、グラウンドに接する中庭に出た。
外は晴天。夕方に近い時刻だけど、まだまだ明るい。部活動に励む生徒達の横を通り過ぎて正門へ向かう。門の左右に植えられた桜の木は青々とした葉を茂らせており、入学式で私達を迎えてくれた時とは、もうすっかり様変わりしていた。
時間と共に変わっていくのだな、と考える。
風景も、人も、漠然と、しかし確実に。
「周防ちゃん」
聞こえたそれは。
聞きなれない声だった。
聞き覚えのある声ではあった。
聞きたくない声だった。
奥歯を噛みしめながら顔を向けると、校門から出てすぐ左、手入れされた生垣と、その先の雑木林の丁度境目に彼女が立っていた。
「こんにちは」
声の主は、街で会った、あの子。ゆきとさきの元カノだった。
街での時とは違い、今日は制服姿。色は紺で、ワンピースに似た造形。その上に、丈の短い紺色のジャケットという組み合わせ。ローファを履いて、レザー材質の黒いスクールバッグを行儀良く両手で持っている。御嬢様みたいだ、という感想を抱いた。少なくとも外見上は、そう見えた。
「帰りなさい」
ゆきが冷たい口調で言葉を放った。
「待って! 周防ちゃん!」
元カノが大声で呼び止めてくる。
近くを歩いていた同校の生徒が数人、何事かと振り向くのが視界の端に映る。これも計算の内なら、賢いやり方だ、と私は評価した。もしくは、単に周りが見えていないだけか。
「はぁ……何?」
さきが苛立ちを隠さずに問いかける。
「話したいことがあるの。お願い」
元カノは、そう言ってから、自分の隣の空間を上品な手つきで指し示す。こちらへ来い、という意味だろう。
先程の大声から、この上品ぶった所作への移行に、私は衣擦れのような違和感を覚えた。
この子は無理をしている。自分に似つかわしくない振る舞いをして、偽りの人格を演じている。おそらくそれを自覚してもいる。それ故の摩擦。私はそう解釈した。
元カノの示した位置へと移動する。ゆきとさきは、私を挟んだまま。
「ねえ、周防ちゃん。どうして私にだけ他人行儀なの? 話し方も接し方も、その子へのものと全然違うよね」
私達さんにんと真正面から向き合い、元カノは口を開く。
「事実、他人だからよ」さきが答える。
「それが話したいこと? くだらないわね。帰らせてもらっていいかしら」ゆきが続く。
「街でもそうだったけど、その子とは、すっごく楽しそうに話すのに……」
元カノが食い下がる。
「当たり前でしょう。貴女とゆりは同等ではないの。思い上がらないで頂戴」
「そう、それが理由なのね。いいわ。良くないけれど、ひとまずは保留。それじゃあ、その、ゆりちゃん? に言いたいことがあるの。いいかしら?」
「私に?」
唐突に指名された私は眉を顰め、自分の顔に疑問の表情を貼り付ける。
目が合った瞬間、何かが散ったような錯覚。至極分かりやすい敵対。
遭遇と対面、そのどちらも、これが二度目。
小顔で小柄で華奢な子だ。肌が白く、私よりも背が低い。俗っぽい表現でいうところの、守ってあげたくなる小動物タイプを体現している。観察している私自身、子犬を連想した。もう少し、尻尾を振りながら近寄って来るような愛嬌をみせたなら、そっくりだったろう。
しかし今の彼女から発せられているは、視覚化できそうなほどの明確な攻撃性。
私へ向ける、刃物のような視線。
口を開く度、静かに漏れる怒気。
どこにも寄りかからず、直線的に、淡々と言葉を用いるさまは、まるで固定砲台。
「私、できれば、貴女とは、あまり関わりたくないんだけど……」
「貴女は、周防ちゃん達に相応しくない」
こちらの言葉を遮るようにして、元カノは言い放った。
「……は?」
自分が意識したよりも数段、低い声が出た。
「聞こえませんでしたか? 貴女は、周防ちゃん達に相応しくない、と申し上げたのです。全てにおいて不適格。二人を失望させる前に別れるのが賢明だと思います」
「貴女、何様なの?」
私は元カノを睨みつけながら言葉を返す。
「貴女よりも二人のことを理解している元交際相手様です」
にっこりと笑って、元カノ様は言い放った。
自分の中で急速に、怒りを超越した憎悪が形成され始める。
初めて街で会った時から嫌悪感はあった。元カノや元カレなんて、誰にとっても、男女どちらの性別であっても、どのような出会い方をしても、けして気分の良いものではない。好意的に映る相手ではあり得ない。気軽に打ち解けられはしない。生理的にも、一般論としても、そういうものだろう。そこへ加えて、こんな物の言い方をされたなら、終わりだ。
無理、ムリ、絶対むり。
だって、ムカつくもん。
首を絞めて殺してやろうか、と発想した。死体は奥の雑木林にでも放り込めばいい。
この女の存在を抹消してしまいたい。過去にさきとゆきに触れ、笑い合い、愛を囁き合った期間ごと無かったことにしたい。そもそもとしていなかった、とする以外、この女を赦す方法はもう、なくなったのだ。
「栞奈、いい加減にしなさい」
ゆきが声を上げ、間に割って入ってくれる。
名前は栞奈(かんな)というらしい。覚えたからな。
「何を言うかと思えば、聞くに堪えない、くだらない内容だったわ」
さきが首を横に振りながら続く。
「話は終わりよ」
「ゆりは体調が良くないの」
「帰りなさい」
「……私には関係ない」
栞奈は、ふたりから矢継ぎ早に投げられた言葉を振り切り、私につかつかと歩み寄って来たかと思うと、いきなり頬を張ってきた。
多分、思いっきり叩かれた。
大きな音がして、衝撃で後ろによろめく。
ゆきが、すぐに抱きとめてくれた。
耳元で息を飲む音が聞こえ、そのまま強く抱きしめられる。
「街で周防ちゃんを叩いた仕返しだよ。忘れたわけじゃないでしょ」
吐き捨てるように、栞奈から告げられた。
「栞奈!」
さきが吠えた。
素早く距離を詰めたかと思うと、栞奈の制服の襟首を掴み、頬を張り返してくれる。先程に引けを取らないほど大きな音がした。
「ねえ、何てことをするの? 私達の大切な彼女を叩くなんて、貴女、殺されたいの?」
私を抱きしめたまま、ゆきが静かな声で言う。
自分の彼女の口から、殺す、という物騒な単語が出たことに驚き、背筋に悪寒が走る。
強い言葉だったからではない。このふたりなら本当にやりかねないからだ。
死にたいの? ではなく、殺されたいの? と言う表現を用いたことからも、間接的ではなく、自分達が直接手を下す、という意思が感じられる。
この暗喩に、栞奈は何を思うだろう?
嫉妬? 怒り? 恐怖? それとも気づかない?
叩かれた事実よりも、彼女の理解力に興味が向く。
だってそれは、さきとゆきへの理解度に関わる要点だから。
「ゆりちゃんが絡んだ時だけ、感情的になるんだね」
栞奈は、そう言って、襟首を掴むさきの手に触れようとした。
さきはそれを払い除け、私の隣に戻って来てくれる。
「私達の彼女の名前を気安く呼ばないで」
「ていうか、呼ばないで。不愉快よ」
「あと、その話し方、止めてくれない?」
「貴女には似合わないわ」
「言葉遣いだけ私達の真似しても無駄よ」
「貴女は、私達と同じには成れない」
「本質的に違う人種なのだと理解しなさい」
畳みかけるように、ふたりが言葉を放つ。
「……分かってる。そんなこと、自分が一番分かってるよ。でも、だからこそ、少しでも、形だけでも、近づきたかった。それは、それすらも、いけないこと?」
さきに叩かれた方の頬に触れながら栞奈が問う。
「で、成果が、それなの?」
「固執する割に精度が低い」
「向いてないわ。諦めなさい」
「その子は違うの? 周防ちゃん達に似てるの? 周防ちゃん達みたいに成れるの?」
栞奈が私を指差して噛みつく。
「そう、ゆりは違うわ」
「貴女とは、まるで違う」
「私達とも、少しだけ違う」
「だから良いのよ。それが、好きになった理由」
「ゆりは特別なの。私達にとって、全てにおいて」
「私達を救ってくれた、唯一の理解者なの」
「ゆりのためなら死んでもいいわ」
「二度と無い、かけがえのない存在なの」
「私達は、ゆりが好き。好きを超えてもう、愛している」
「愛しているの。とっても、とってもね」
言葉を紡いでいたゆきとさきが、ここで同時に振り返り、私を見てから微笑んだ。
嗚呼、私、愛されてる。
これ以上ないほどに、気持ちは明確に、確固たる意志をもって、伝達された。
なれば、応えたい。それに応えたい。それが私の望みであり、彼女としての役目だから。
けれど、それを邪魔する者が言う。
「でも、外見は、周防ちゃん達と全然似てないよ。その子、大した家柄じゃないでしょう? 御嬢様でもないんでしょ? 育ちが違うなら、価値観も違うはず。二人には相応しくないよ。いつか絶対に噛み合わなくなる。そうでしょう? そういうものでしょ? だから、だからね、私が劣ってるとは、どうしても思えないの。私じゃダメだった理由が分からない」
栞奈、貴女はどこまで失礼な女なの?
ゆきとさきの言う通り、ふたりには似ても似つかない。追いつけるとも思えない。
ふたりなら、こんな真似は絶対にしない。言葉遣いから所作に至るまで、相違点が多過ぎる。まだ正確には測れていないけど、それでも、ほぼ間違いなく、思考能力も、感情の制御系も、人格的優位性も、ふたりを完全に下回っている。破局するのも納得だ。私が噛み合わなくなるなんて、どうして恥ずかしげもなく口にできるのだろう。自分の肩書きを忘却しているのか?
「栞奈、黙りなさい」
さきが低い声ですごんだ。
これには覚えがある。ゆきとさきの部屋で、ご両親へ過干渉の反抗と、自己の意思表示を強く勧めた際、私にも向けられた圧力だ。
栞奈は、さきのこうした面を見たことがなかったのだろう。自分へ向けられるなんて想像もしていなかったに違いない。肩を震わせて怯み、反射的に口を閉じてしまったのが、その証拠。
「私達に恨み言をぶつけるのは構わない」
「それくらいには手酷い振り方をしたと自覚しているわ」
「恨まれて当然だと思っているし、私達ふたりに嫉妬しようと、怒りを覚えようと、それは貴女の勝手よ。好きになさい。望むならぶたれてあげる。殴って気が済むならそうしなさい」
「ただし、ゆりに手を出すのだけは許さない。暴力も暴言も許さない」
「私達の大切な彼女を傷つけないで」
ゆきとさきは、そこで言葉を切り、栞奈を睨みつけた。
沈黙が降りる。
膠着?
いや、違う。
多分、何かを待っている。
「……どうして、その子ばかり庇うの?」
栞奈が絞り出すような声で言った。
その目には、涙が溜まり始めている。
ああ、そうか。
自分達の言葉が染みるのを待っていたんだ。
怒鳴りつけるより、頬を張るより、私への想いを栞奈に聞かせる方が効果的だと察したから。
見せつけた私への好意と依存は、栞奈へと深く鋭利に突き刺さり、心を抉り砕くのだ。
なんて残酷なことをしてくれるのだろう、と私は喜ぶ。
「私のことは、もう、大切じゃ、ないの?」嗚咽混じりに栞奈が問う。
「ええ、そうよ。どうでもいいわ」さきが軽く頷く。
「別れ話をした時にも、そう告げたでしょう?」ゆきが続く。
「ねえ、私の何が、そんなにダメだったの? その子と、私と、何が、そんなに違うの?」
「何もかもよ」ゆきが答える。
「それじゃ、分かんないよ……」栞奈が首を左右に振る。
「ええ、分からないでしょうね」
「だから別れたのよ」
そこで初めて、さきとゆきは栞奈へ向けて笑顔を見せた。
「正直、別れられて清々したわ」
「こうして久しぶりに話をしてみても、やっぱりあの選択は正解だったと思う」
「貴女と私達は、致命的なまでに噛み合わない」
「対極にいたのよ、最初から」
ふたりの言葉を受け止め続けていた栞奈が、ついに瓦解した。
両目から大粒の涙が零れる。
彼女の白い肌を流れ、伝い、落ちる。
むしろ、ここまでよく耐えたな、と私は評価する。
評価? 本当に?
私の中の人格が疑問を呈する。
同情ではなくて?
あんな女に同情する理由なんてない。そうでしょう?
自分の内部人格にそう返してから、栞奈へ目を向ける。
ふたりの元カノ。
私のことが嫌いな女の子。
私も、この子が嫌い。
私に敵意を向けてきたから。
憤怒を超え、憎悪する対象。
しかし、どうしてか、目の前で泣いている彼女は、とてもちっぽけな存在に思えた。
小さくて、細くて、あと一押しすれば折れてしまいそうな、弱くて、儚い存在。
だから、どうだというのか。
私は、どうしたいのだろう。
この気持ちの変化は、なに?
可哀想? いいや、違う。多分、恐怖だ。
それは、栞奈に対してのものではなくて。
「どうして、そんな、酷いことばかり、言うの……?」
しゃくりあげる栞奈の声で、私の意識は引き戻される。
彼女を見て、ゆきを見て、さきを見る。
「どうして、ですって? 可笑しなことを聞くわね」
「貴女が、ゆりを傷つけたからよ」
「誰かを傷つける人は、誰かに傷つけられる。当たり前のことでしょう?」
「私への、気持ちは、残って、ないの? ひとつも? これっぽっちも?」
「気持ちに関しては、ごめんなさない。最初から無いわ」
「貴女との交際は、暇潰しくらいにしか思っていなかった」
「貴女のことは、好きでも嫌いでもなかった」
「一緒に遊んでくれる同級生、が適当な評価かしらね。私達の我が儘を聞いてくれて、慕ってくれる子、じゃれついてくる子犬みたいな存在、あの頃は、そう認識していた」
「でもね、今は、気持ちに変化があるわ」
さきとゆきは互いに顔を見合わせてから言葉を続ける。
「貴女が大嫌いになった」
「心底、嫌いよ」
「何でも勝手に決めつけて、ゆりを酷い言葉で嬲って貶めた」
「ゆりの頬を叩いたのは論外よ」
「許さない」
「絶対に許さない」
「だって……だって! それは、私を、私のことを、もう一度、見て欲しかったから……」
栞奈が訴える。
「貴女に対して、私達の心が動くことはないわ」
「あの頃も、今ですら、理解し合うことができないのだから」
「そもそも、その必要がない」
「私達には、ゆりがいる」
「ゆりだけでいいの。他には何もいらない」
「勿論、貴女も」
「いらないの」
決定打が放たれた。
横で見ていただけの私にも、それは明白。
栞奈は声を上げて泣き始めた。子供のように大きな声で、周りを気にせず、なりふり構わず、感情を爆発させた。
「ゆり、ごめんね。身体、辛いのに」
「お待たせ、帰ろう?」
ゆきとさきが私の手を取り、柔和な笑みを浮かべて言う。
後ろで泣きじゃくっている栞奈には見向きもしない、気にも留めていない様子。
この切り替えの早さが、さきとゆきの魅力。ふたりの人格の特徴のひとつであり、優れた部分でもある。尊敬するし、見習いたい、吸収したい、と思う。
普段であれば、そう考える。リスペクトした、という前向きな感想で終えられる。
だけど、今の私の目には、この切り替えの早さが、とてつもなく鋭利な刃物に映った。
それは鈍い光沢を放ち、鋭い切れ味を見せつけてくる。魅了されている自分を自覚し、また、切られた対象が撒き散らした返り血を、ふたりは、そして私も、浴びていると気づく。
意識的に意識していないだけ。見えているのに見えないフリをしているだけ。
傷ついたのは誰か?
自分が何をさせたのか、自分の彼女達が何をしたのか。
自明だ。
魅せられたから指摘しない? 元より歪んでいるから気にならない? 判然としない。
ふたりに手を引かれて歩き出しながら、私は一度だけ振り返った。
先程と同じ場所で、両手で顔を覆い、しゃがみ込んでいる栞奈。
最後まで素直に可哀想だとは思えなかった。私は性格が悪いから。
ふたりを取られなくて安心したし、さきとゆきが庇ってくれたことも嬉しかった。ふたりの直情を聞けて安心もした。
反面、恐怖を覚えたのだ。
ふたりの冷酷さという刃が、こちらを向く可能性もあるのだと気づいてしまった。
栞奈の姿に、自分が重なる未来が訪れないと、はたして言い切れるだろうか?
過去の私なら断言しただろう。そんなことは絶対にない、起こり得るはずがない、と。
ふたりを愛する、この気持ちに嘘はない。重さも、大きさも、変わっていない。
積み重ねてきた時間と、重ねてきた感情に比例して、強く、深く、愛は育った。
では、何を恐れている? 何に気を取られている? 今までと何が違うのか?
やはり、信頼だろうか。
元カノである栞奈の存在を隠されていたこと。
その栞奈から告げられた言葉。断片的に明らかにされた過去。
それらが私に纏わり付いて離れない。返しの付いた沢山の歯を立てて離さない。
少なくとも、あの子は子犬ではなかった。
どちらかといえば、捨て身の野犬。
相手に傷を負わせることができるなら、自らがどうなろうと構わない、という姿勢。
リスクも反撃も意識にない、愚直で不効率な勢いだけの生き物。
故に脆く、故に強い。目的を達するという、その一点に特化していた。
その牙は見事、獲物に傷を負わせることを叶えたのだ。
私は机に向かい、数学の宿題をしていた。
いや、それは形だけのこと。実際は全然、集中できないでいる。
栞奈とのやり取りの後、私達は、いつもの帰り道を、いつものように歩いて帰った。
いつもと違ったのは、感情の温度差。
ゆきとさきは、私に謝ってきた。
交際していた過去を隠していたことを。
そのせいで、私を傷つけたことを。
私も謝ろうとした。私だけが大切だと、愛していると言ってくれた、さきとゆきへ。
栞奈の前で感情を剥き出しにして見せてくれたことに、ありがとう、を言おうとした。
沢山傷つけてごめんね、って告げようとした。
話を聞かなくてごめんね、って。
私も愛してるよ、って。
言おうとして、だけど、言えなかった。
【相応しくない】
【ふたりに見合わない】
【いつか、噛み合わなくなる】
栞奈が口にした言葉が、頭の中で、しつこく反響する。
力ない戯言だ、負け惜しみだ、と聞き流していたはずなのに、ゆきとさきの冷たい態度、栞奈へ向けた容赦のない切り返し、切り捨てたものは二度と拾わず興味も戻らない、というさまを目にしてから、私は自分の内側に芽生えた不安を制御できないでいた。
拒絶と冷酷さ、それに慄いた私は、向き合うことから再び逃げ出したのだ。
さきとゆきを家に上げることもできなかった。
独りになって考える時間が欲しい、と思った。
だから、ふたりには、ごめん、やっぱり明日話そう、とだけ告げて、この感情を隠した。
しかし、いざ独りになると、今度は、ふたりに一緒に居て欲しい、気持ちを聞いて欲しい、栞奈のことを教えて欲しい、ふたりの口から昔に何がったのかを聞きたい、私だけが知らないことがあるのは嫌だ、という考えが思考の大半を占めた。我ながら、どこまで身勝手なのかと呆れてしまう。
朝から体調が悪かったせいもある。学校で倒れるという不名誉で不快で初めての経験をしたばかりでもあったし。
いや、違う。そんなのは言い訳だ。
自分の感情も思考も上手く整理ができず、建設的で前向きな論理体系を構築できなかったことが不手際の再発と事態収束への前進を阻害する要因である。筋の通った理屈よりも、直前の事象や投げつけられた言語へ優先的に反応を示したことも良くなかった。時間を置いて、少し冷静になってみれば、これほど明快な答えが出せるというのに。
分かっていたはずだ。備えようとしていた。そのつもりでいた。それなのに、どうして?
だって、ムカついたから。
栞奈の外見が自分と似ていることも気に入らない。
白い肌も、華奢な体躯も、ショートボブの髪も。
客観的に観察した自分の姿を彷彿とさせる。
それはつまり、ゆきとさきは、似たような見た目の女の子が好きなだけではないのか? という疑念に繋がる。
相手が私だから、愛してくれているのだと信じていた。特別だと、例外だと、自惚れていた。そこへ、元カノの存在が露呈した。外見が自分に似ている、度を超えて好いていたわけでもなく、誰でも良かった、遊びだった、などとのたまう。とあらば、ふたりの好みに合致すれば、誰でもいいのではないか? 私は特別でもなんでもなかったのではないかと疑いたくもなる。
見た目で選ぶなら、誰と付き合っても同じじゃん。
私である必要性は? 内面の価値は? 私の人格は評価されないの?
外見の方に価値があるの? 中身こそが本質のはずでしょう? 違うの?
見た目が好みだから好きとか、元カノに似てたから惚れたとかだったら、全然嬉しくない。そんな悲しいこと言われたくない。
さきとゆきを、双子と括りたくないのと同じ。
ゆきはゆきという女の子で、私の大切な彼女。
さきはさきという女の子で、私の大事な彼女。
外見が似ているとか、同い年だからとか、同じ名字だからとか、そんなの一切関係ない。
付き合う上で重要なのは、全く別の部分だと私は考えている。
だから、ふたりに直接告げたのだ。
双子だから、どっちでもいいなんて言わないで、って。
それなのに、今の自分は、明言されたわけでもないのに、外見の類似という点に固執して、うじうじと気に病んでいる。内面への言及や、ふたりが口にした動機を気に病んで、そのくせ確かめるための話し合いからは逃げている。
奇しくも、ゆきとさきが行っていた自傷的思考へ近づいている。
この疑念が、思い込みが、自分自身を傷つけると知っているのに。
街での自分の振る舞いが、映像として、文章として、思い起こされる。
それはまるで毒のように、ひたひたと、私の心に広がる。
廻った毒は、私からふたりを遠ざける、という作用をもたらす。
これのどこが理想の関係? 相互理解の完成形、深い間柄などとはとても呼べない。
クラスメイトになって二日目に、いきなりキスして、一目惚れだと言い、双子である、さきとゆきを同時に愛している、とのたまう女の中身を好きになって欲しいなど、とても正気の頼みではないけれど、私は、私達さんにんという限定された人間であるならば、関係は成立し、問題など起きないと過信していた。
不毛だと理解しているのに、思考の展開速度が自制機能を上回る。
私と、あの子、どちらでも良かったの?
付き合うのは、どちらでも良かったの?
どちらが先で、どちらが後だった。その事実が私の命運を分けた?
私と付き合っているのは、それだけの理由? もし私が先だったら、拒絶されるのは私だったの?
これこそが疑念の正体であり、疑問の本質。
長々と御託を並べ、悩んでいるけれど、突き詰めれば、この一点に集約される。
なんて未熟で、浅はかで、幼稚な思考。
つまり、私の内部人格達は、自分が最初に好かれなかったこと、ふたりの初めての彼女になっていたら、手酷く振られていたのは自分かもしれない、という可能性その妄想に怯えながらも不貞腐れているのだ。
私は独り、馬鹿みたいな結論に納得して、頷く。
いつから、こんなに頭が悪くなったのだろう。いや、もしかしたら、最初から、そう賢くはなかったのかもしれない。
ゆきと出会い、キスをして、さきを紹介してもらい、告白をして、キスをされて、楽しい日々を送り、想い合って、喧嘩もして、好きを超えて、身も心も、愛して、愛された。
それでようやく、私は人に成れたのだ。中学までは人の形をしていただけに過ぎず、ふたりがいなかったら、ふたりと出会えていなかったら、もっと悲惨で、もっと退屈な、意地っ張りで哀しいばかりの人格止まりであっただろう。
何もかも、どこまでも、ふたりのおかげ。私を養う主成分は、水とタンパク質ではなく、私を構成しているものは原子でも電子でもなく、全ては、ゆきとさきからの愛で成立する。
それが供給されているから、まだ人でいられる。失うことを、取り上げられる可能性を、これほどまでに恐ろしいと感じるのも、同じ理由から。
ふたりの過去に、未来に、私以外の女の影が揺れることを過剰なまでに嫌うのも、栞奈に対して憎悪を抱いたのも、生存本能と同等の重要さとして捉えているからに他ならない。
可能性といえば、私の暴走によって関係が破綻することも当然、考えられる。これが現状最も近しい位置に鎮座している事実が恐ろしい。
築いた関係が崩れていくさまを想像するだけで吐きそうになる。
しかし、その引き金を引いたのは、他でもない自分自身。
認めたくない。
嫌だ。
いやだ。
別れたくない。
別れたくないなら、これ以上、余計な詮索をすべきではないのかもしれない。
けれど、このままにもしておけない。見なかったことに、聞かなかったことに、知らなかったことになんてできない。それほどに宙ぶらりんが嫌なら、会って確かめるしかない。
直接聞けば、素直に問えば、話してくれるだろうか?
私は、ゆきを叩いた。彼女の言葉を聞かず、激情に駆られ、頭ごなしに決めつけて、拒絶して、肉体的にも、精神的にも、傷つけた。
自分が傷ついたことを盾にして、さも当然の権利であるかのように手を上げた。
本当に最低。そりゃあ栞奈も叩きたくなるだろう。然るべき報いだったわけだ。
記憶を辿ってみれば、後悔はより明確となる。街でも、学校でも、傷つき、悲しんでいたのは、心配を抱えて潰れそうだったのは、私よりも、ゆきの方だった。
それでも、ゆきは私を守ってくれた。私が一番だと言ってくれて、私を否定するようなことは一切口にしなかった。それどころか栞奈の前で私への愛を宣言してくれた。
では、さきは? さきが街で栞奈を、私から遠ざけた理由は何だった?
自分達の過去を私から隠そうとしていた? そんなわけがない。
街で栞奈から声をかけられ、断片的にでも、あの子の口から過去が漏れた時点で、隠し通せるとは考えなかったはずである。さきは賢いのだから尚更に。
後ろめたさや、保身なんて捨てて、身を切られる覚悟をあの時点で決めたはず。現に、ゆきは私に叩かれても泣かなかった。あれは想定していたからこそ、できたこと。
となれば、さきが栞奈を遠ざけたのは、私を傷つけないよう気を遣ってくれたからだろう。栞奈が物理的にも、言葉でも、私を傷つけないよう引き離してくれたのだ。
その証拠に、私が栞奈に叩かれた時、真っ先にさきが怒ってくれて、守ってくれた。自分の手だって痛かっただろうに、自らの手を汚してまで、やり返してくれた。振る舞いや言葉は、常に優しさに溢れていた。
ふたりとも、自分達の首が絞まった状況下にあって、それでも、これほどまでに私を優先してくれていた。
それなのに、私は……。
感情の高ぶりを自覚する。
それを押さえるはずの人格が、役目を放棄するのが見えた。
私が馬鹿だった。
思考が完全に手を離れる。
加速する。
どうして、冷静でいなくちゃいけない場面で、考えることを放棄したの?
加速する。
街でも、学校からの帰り道でも、今と同じように、まともにものを考えられていたら、分かってあげられたかもしれない。事情を聞けば、すぐに許してあげられたかもしれない。
加速する。
加熱する。
もっと上手に感情に折り合いをつけて、上手くまとめられたかもしれない。ふたりの話を聞いてさえいれば、ふたりと、ちゃんと話をしていれば、別れる心配なんて、色々な後悔なんて、しなくて済んだのに、不安な気持ちにはならなかっただろうに、自分勝手な保身を優先したために状況が悪化した。解決も遠のく。ふたりを優先できていない証拠。やっぱり、私は相応しくないの? 私は、怖い、怖いよ、別れたくない、ゆきに、さきに、嫌われたくない……どうして? なんで、なんで、あんな真似を、幼稚で、無知で、愚かなことを……どうして、なんで、どうして! なんで! 私は! もう!
「ああああああああああもう! 最悪!」
手にしていたシャーペンを床に投げつけようとして、フローリングに傷がつく、と一瞬冷静になり、代わりに利き手と反対の左手で消しゴムを掴み、力任せに投げた。
消しゴムは思いのほか部屋中を跳ね回り、床と壁で跳弾し、部屋の扉に当たって、ようやく止まった。
行先を目で追っていた私は、消しゴムの静止を見届けて、机に向き直り、息を吐く。
気分が悪い。お腹が痛い。少し頭痛もする。暴れて解消されるどころか、体調が悪化して余計、不快になった。
物に当たったのなんて何年ぶりだろう? 小学生以来ではなかろうか。
いつの間に流れていたのか分からない涙が、机の上に広げていたノートに落ちた。
それは数式を書いていた部分に、すぐさま染み込み、滲んで読めなくしてしまう。
「……私に、そっくり」
馬鹿なことを、呟いた。
ノックを挟んで、自室の扉が開いた。
涙で滲む視界に、父の顔が映る。
「大丈夫か?」父が問いかけてくる。
いつ帰宅したのだろう? 全く気づかなかった。
私の父は大学の准教授をしている。帰宅時間は夜の十九時を過ぎることが常で、土曜、日曜、祝日、長期の休みに関係なく、大学に出勤する。
その肩書きを差し引いても、私は父が好きだった。
父として、人として、尊敬している。
例えば、私の父は、プライベートというものの重要性を、とてもよく理解してくれている人格者なので、普段であれば、ノックと同時に用件も告げず扉を開ける、という真似は絶対にしない。
そんな父が、いきなり娘の部屋へ入ってきた、ということは、異常事態が起きている、と判断したことを意味している。投げつけた消しゴムが予想以上に大きな音を立てたのだろう。無駄な心配をかけてしまった。
「急に開けてしまって、すまない。叫び声が聞こえたから、万一を想定した」
父は、そう続けながら、私の部屋を目だけで素早く確認している。
叫び声? え? まさか、声に出てた? 私、叫んでた? うそ、さいあく……。
私は失態を自覚し、両手で口元を覆った。恥ずかしさで、もう一度叫び出しそう。
「どうした?」
父は、それだけ言って、私に目を向ける。
問い詰めてこないのは、考えをまとめ、答えるかどうかの選択その猶予を与えてくれているのだ、と理解する。
これもまた、気遣いである。
私は気遣われてばかりだな、と嘆息した。
「……数式が、解けなくて」
私は口元から手を離し、そのまま自然な動作を意識して涙を拭いつつ、どうにか言葉を絞り出して手遅れの感情を隠す。
全くの嘘というわけでもない。数式がスムーズに解けず、手こずっているのは事実だった。私は数学と物理が、ようするに式を用いた計算が苦手で、現に宿題の進行ペースは遅い。そのせいで、ごちゃごちゃと余計なことを考え始めたのだ。
「見せてみなさい」
父が私の側に寄り、机に開かれているノートを覗き込む。
「これ」
私は数式を指す。かろうじて、落ちた涙で滲まずに済んだうちのひとつだ。
「ああ、これは、代入を使うんだ。まず……」
父が丁寧に解き方を説明してくれる。
「本当に、問題が解けないから泣いていたのか?」
父は、私の方を見ず、ノートに視線を落としたまま問いかけてくる。
「うん」
「そうか」
「馬鹿みたいだよね、こんなの。子供みたいに、感情的になってさ」
私がそう呟くと、父は首を横に振ってから口を開く。
「恥じることはない。自分を責める必要もない。難題に直面した時、それに真剣に向き合い、悩む姿勢と努力には価値がある。お前が本当に、この数式が解けないことが悔しくて叫び、泣いたのなら、それはむしろ誇るべきことだ」
父は静かな声で語った。
「本当に、そう思う?」
私は父へ顔を向けて聞く。涙が一筋、流れたと自覚する。
「少なくとも私は、そう考える。それに……」
父は私の頭を撫でながら言葉を続ける。
「お前は、まだ子供だ。しかし、大人になりつつある年齢でもある。それを最大限、活用しなさい。都合の良い時だけ子供でいていい。甘えていい。人に頼っていい。そして、必要な時に、そうすべきだと自分が判断した時は、大人に成りなさい。そうあろうとしなさい。そうした切り替えと積み重ねが、人を成長させる」
父の言葉に、私は、しっかりと頷いた。
納得できる言葉であったし、今の自分にとって、力強い励ましとなったから。
「パパ、ありがとう」
そう告げると、父は片方だけ口角を上げて頷いた。
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