露あがり

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露あがり

 悲しいときには雨が降る。親友との今生の別れや、大好きだった恋人に振られた日、裏稼業の殺し屋の相棒が敵対している組織に撃たれた夜にも雨が降る。  馬鹿らしい。そんなの全部嘘っぱちだ。天気と人の感情には、なんの相関関係もない。だからとうぜん、その悲しみを乗り越えられると空が晴れるなんてこともない。  おれはひねくれものだ。安っぽい映画やドラマで嘘くさい雨のシーンが出たりすると冷めてしまう。三年まえに親が死んだが、そのときだって晴れていた。葬式だって雨のなかでやった覚えなんてない。  子どものころに飼っていた犬が梅雨時期に前十字靭帯を断裂して手術をしたときには雨が降っていたが、その日の夕方、医者から電話があって無事に手術は成功したという知らせを聞いたときも天気は好転しなかった。その瞬間に梅雨明け宣言がされるようなドラマチックな展開は用意なんてされていない。  それはともかく今現在の問題は、頭のうえにどんよりと停滞している黒い雲の存在だ。その日、おれは配達帰りでバイクの運転をしていた。ホンダのPS250。戦車みたいなデザインがお気に入りのビッグスクーターの変わり種。うしろに乗っている友人の(せい)が、おれのメットの後頭部をコツコツ叩く。 「なあ、ちょっと寄り道したいんだけど」  こいつは街でたまたま会っただけのおれを「帰り道が同じだから」という理由だけで三駅分パシリに使い、おまけに自分の用事まですませようというのだ。 「嫌だよ。雨降りそうじゃねーか」 「平気だって。まだ三十分くらいは持ちそうだろ。天気予報でも、夜遅くから降り始めるって言ってたし、そんなに時間かからないから、ちょっとスーツ屋に寄ってくれ」  小学校からのつきあいなので、このあたりは強引だ。最寄り駅の地区までくると駅まえからわずかに離れた場所にあるツープライススーツの店のまえにバイクを停める。 「さっさと行って取ってこいよ」  そう促したが、聖はあたりまえのように言う。 「(れん)もこいよ。店のなかは涼しいぞ。それにたぶん、受け取りに時間かかるから」  時間がかかるから先に帰っていいじゃないところが、遠慮がない。 「はいはい」  面倒だがエンジンを止めて聖と一緒に店内に入る。初夏の蒸し暑さから逃れるには室内に入るのが一番だ。そんなふうに思えるくらい店内の空調は完璧な仕事をこなしていた。
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