露あがり

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 翌日、おしゃれなのかそうじゃないのかよくわからないネクタイをして、聖が働く広告代理店に足を運んだ。広い会社で、聖の姿は見つからなかった。受付で要件を伝えると来客用の会議室に通された。担当の中年男性と簡単な面談と打ちあわせをして、コラムの方針が決定する。面談時間は一時間もなかった。   その日からおれはひたすら家でコラムを書く缶詰生活に入った。配達も最低限で終わらせ、残りの時間は人生を変えるためすべてコラムにあてる。  最初のコラムは約一週間で書きあがった。配達のこと、事故のこと、書きたいことは山ほどあって原稿用紙二十七枚を無理やり削って十枚に納めた。しかし「これでよし」と思って読み返すと、なんだかあまりワクワクしない。もっとできる。もっとやれる。そんな思いで、一から新たに書き直す。事故の話は今回のコラムには必要ない。配達も視点を変えることにした。バイクとすごす生活の魅力に置き換える。これを読んだ読者をひたすらワクワクさせよう。インターネットを使い、いろんなことを勉強した。大手の仕事だ。これが決まれば、先に進める。今の生活が少しよくなる。そんな思いで背水の陣に挑む。  夜中に店のシャッターが叩かれる音がしたのはそれから十日後だ。晴れた夜にガンガン、ガンガン、湿った音が響く。締切は四日後……日付が変わっているから三日後に迫っていた。 「なんだよ」  どこかの酔っ払いかと思って、二階の居住スペースから外を見おろす。そこにはぐでぐでに酔った聖がいた。 「あー、もう、なんだよ。夜中に店のシャッター叩くんじゃねーよ」  文句を言うが聖はおかまいなしだ。 「蓮、いいから酒出せ! 今日は朝まで飲むぞ」  どうやら、スーツ屋の店員の結婚を知ったらしい。 「飲むのはかまわないが、ちゃんと金は払えよ」  そう言って、朝まで旧友の失恋につきあった。
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