露あがり

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 明け方、おれの家のトイレで吐いて聖は家に帰って行った。とくに励ましの言葉もいらない。やつにしても、おれからそんな言葉は聞きたくないだろう。おれは聖が帰ると顔を洗ってコラムの続きを書いた。  三日後、締切ギリギリでなんとか納得のいくコラムができた。たくさん調べた。たくさん書き直して、たくさん読み直した。三日三晩寝ずに書いた文章に「自信作です」とつけて、担当にメールで送信した。その瞬間、張り詰めていた糸が切れ、おれは倒れるように眠った。眠るまえに見た天気予報は「夜に雨」と言っていた。  担当からのメールが帰ってきたのは、その日の夕方だった。そのとき、おれは配達を終えてバイクで店に帰る途中だった。  どんな感想がきてるんだろう。もうここで連載でも決まったかな。そう思いながら路肩にバイクを停め、ワクワクしてメールを開く。 『不採用』。その言葉が最初に映った。理由は書かれていなかった。今回は、別の人間のコラムを使う。また機会があったら、お願いしますという文言がなんの温度もなく書かれていた。どこが悪いか、なぜ不採用になったのかも書かれていない。おれの胸がどきんと鳴いた。頭のうしろをツンとしたものが駆けあがり、それが涙腺を刺激する。  あんなに頑張ったのに。あんなに人生かけてたのにな。悔しかった。しばらく放心した。なんで? どうして? 答えのない疑問ばかりが頭に浮かぶ。 「そこ、早く移動させなさい」  パトカーからの声かけにハッとなる。おれは慌ててエンジンをかけてバイクを走らせる。胸がドキドキと泣き虫の音を立てていた。ぽつ、ぽつと雨が降り始める。それがおれの頬にあたる。雨はすぐに土砂降りになった。予定より早い。あの日の雨と同じだった。今ならバレない。泣いてみようと思う。おれはバイクを運転しながら、わんわん泣いた。いろんな思いがこみあげた。親の死や犬の手術、そして記憶のかなたの過去の失恋。もちろん見通しの立たない自分の将来にも泣いた。雨の日は視界が悪くなる。たとえ肩を震わせても、おれが泣いていることなど、誰にもバレやしないだろう。 「うわあああああああ」  雨音のなかでおれは叫んだ。店に帰るとバイクを停めて熱いシャワーを浴びた。髪の毛を伝って流れる水と涙が混ざって排水溝に落ちていく。その日は、ダサい雨の音を聞きながら眠った。
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