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◇◆◆◇ 俺と栗栖は、親父にはひた隠しにして武田に付き合った。 とは言っても、常に奴の呼び出しに応じられるわけじゃない。 外せない用がある時は断り、行ける時に奴のマンションへ足を運んだ。 タクトの時は軽くショックを受けたが、タクトはあの後すぐに売りに出された。 代わりに仕入れた新しいガキを抱く事になったが、運良く20歳の青年だった。 なので、その青年にはわりぃが、俺は内心安堵していた。 ◇◇◇ 月日は流れ、俺と栗栖は武田と親父、2人の趣味に付き合いながら、シノギをこなしていった。 AVは表沙汰にならずに済んだが、この関係がいつまで続くのか、考えただけで憂鬱になる。 親父はまだ許容できるとしても、武田の方は精神的にきつい。 そんな中で、ある日、栗栖が撃たれて瀕死の重症を負った。 やったのは徳真会とは別の人間だったが、栗栖は変に正義感が強く、つまらない喧嘩の仲裁をしたり、そういう事がたまにある。 皆が皆おとなしく引き下がればいいが、中には仲裁した栗栖を逆恨みする奴がいる。 栗栖はつまらねぇチンピラに撃たれちまったのだ。 武田に事情を話し、当面付き合いは無しにして貰った。 撃たれたのは胸だが、手術が無事終わって個室の病室に移され、俺は栗栖の寝顔を見ながら……命が助かった事に心底ホッとしていた。 ずっと栗栖のそばにいてやりたかったが、立場上付き添うわけにはいかず、その代わり毎日病院へ通った。 そんな事が1週間続いたある日、親父が見舞いに来た。 昼下がりだったが、俺はたまたま暇を見て病室にやってきていた。 親父は見舞いの品をサイドテーブルに置くと、栗栖のすぐわきに行って栗栖の手を握った。 何か励ます言葉でも言うんだろう。 俺は遠慮して後ろに下がった。 「栗栖、お前が助かってよかった、わしにはお前のナニが必要だ」 何を言うのか聞き耳を立てていると、親父は真面目な面でナニの事を言った。 親父には慣れちゃいるが、さすがにドン引きした。 「はい、そう言って頂けて、俺は……嬉しいっす」 栗栖は嬉しげに笑顔で礼を言ったが、本当に今の言葉に感謝しているんだろうか……。 「そうか、ああ、早く元気になれ、また新しい下着を買ったんだ、治ったら披露してやるからな」 おやっさん……。 最早、言葉すら出ない。 「はい、ありがとうございます、じきによくなります」 栗栖は親父のおかしな言葉に全く動じてないが、そういや……親父の変態下着姿を見ても『そういう趣味の人間もいる』とか言って、あんまり驚いちゃいなかった。 受け止め方は人それぞれだし、そういうのを見ても冷静でいられるのかもしれない。 親父はしばらく病室にいたが、30分ほど経って付き添いの幹部2人を引き連れて病室を出て行った。 栗栖と2人きりに戻り、病室内はシーンと静まり返った。 「ああ……その、なにか飲むか?」 間が持たねぇ。 とりあえず聞いてみた。 「はい、じゃあ、お茶を」 「わかった、ペットボトルでいいか?」 「ええ、はい」 冷蔵庫からペットボトルを出して栗栖のそばに行き、背中に手を当てて体を起こしてやった。 「ほら、大丈夫か?」 「すみません……」 栗栖はゆっくりと起き上がって頭を下げる。 「いいんだよ、怪我ぁしてるんだ、ほら、飲め」 ペットボトルを差し出して手に持たせてやった。 「はい」 栗栖は胸から腹にかけて包帯が巻かれている。 大変な手術だったので、切開した範囲が広いのだ。 俺らのような稼業は何かにつけて恨みを買いやすい。 誰かが怪我をしたり、撃たれたりする度に自らも死を覚悟する。 いつ死んでも仕方がねぇと、自分に言い聞かせているが、こうして仲間が助かった時は……素直に嬉しく思う。 栗栖がやばかった時、俺は手術室の前で『もしこの世に神がいるなら、俺の寿命を分けてやっても構わねぇ……どうか栗栖を助けてくれ』と繰り返し願っていた。 「若……」 そんな事を思い返していると、不意に腕を握られた。 「ん?」 「こっちへ」 何だ? と思っていたら、栗栖はそのままグイッと腕を引っ張り、よろけて栗栖の上に倒れそうになった。 「おわっ……!」 のしかかったりしたらやべぇ。 焦ってベッドに手をついた。 「若……」 栗栖は倒れ、俺が覆いかぶさる格好になったが、栗栖は俺の項を掴んでぐいと引き寄せる。 「……んっ」 唇が重なった。 俺はまさかこんな場所でやるとは思わず、びっくりしていたが、栗栖は軽く触れてすぐに離れた。 「お前な……」 病室はアウトだろうと言おうとしたが、やっぱりやめにした。 「武田さん……また言ってくるんでしょうね」 栗栖はキスした事など気にもとめず、気落ちした様子で武田の事を口にする。 「ああ、回復したら言ってくるだろうな」 AVの事を封印する為とはいえ、もういい加減にして貰いてぇ。 「俺は……若について行きます」 武田に付き合う事は、俺よりもむしろ栗栖の方がよっぽどストレスになってると思うんだが、栗栖はどこまでも忠義を貫こうとする。 こいつはやっぱり……堪らねぇ。 「栗栖、すまねー」 俺にできるのは詫びる事だけだ。 「やめてください、俺はあなたの事が好きだ、ついて行ける事が幸せなんです」 なのに、そこまで言う。 「栗栖、お前……」 堪らなくなって抱きしめようとしたら、ドアをノックする音がした。 「誰だ?」 振り向いてドアに向かって声をかけた。 「おう武田だ、入っていいか?」 すると、意外な人物が返事をした。 「あ、ああ……、入れ」 たった今武田の話をしたばかりだし、噂をすれば……だが、わざわざ病院にまでやって来て、また付き合えと言うつもりなのか? 「おお、邪魔するぜ」 武田はドアを開けて入ってきたが、幹部がひとりついて来ている。 ただ、病室に入ってきたのは武田だけだ。 武田は俺達のそばに歩いて来ると、紙袋を差し出す。 「こりゃ見舞いだ」 「あ……、そうか、わりぃな」 見舞いの品まで持ってきて、どういう風の吹き回しだ? 「で、栗栖はどうなんだ? やべぇとこを撃たれたんだろ」 不審に思っていると、栗栖の事を聞いてくる。 「あの……、俺なら大丈夫っす、手術で助かりました」 栗栖は自分で答えたが、栗栖も武田の有り得ない行動に驚いているようだ。 顔を見りゃわかる。 「そうか、そりゃよかった、へっ……、あのな、もう分かっちゃいると思うが、俺んとこはお前んとこのシマを狙ってる」 武田は突拍子もなく、シマの話を持ち出してきた。 「おい、こんなとこにやって来て、今更シマをよこせと言うんじゃねぇだろうな」 散々付き合わされた挙句、今になってシマを要求するなら……これ以上平穏を保つのは無理だ。 「おいおい、ちょっと待ちな、早合点するなよ、そうじゃねぇ、今から本音で話す、俺も初めはそういうのを目的にあのAVを撮った、けどな、つい悪い癖が出ちまって、お前らに例の趣味に付き合わせる事を思いついたんだ、お前らはガキにあんな真似をしてって思うだろうが、あいつらは皆真面目に働いて借金を返済してる、俺はそうやって金を回収してきた」 だが、シマの事で脅しに来たわけじゃなさそうだ。 なにを言いたいのかいまいちわからねぇが、言い訳めいた事を口にする。 「ああ、責めるつもりはねぇ」 大なり小なり、俺らだって汚ぇ事はやっている。 あの趣味に付き合うのは嫌だが、武田のやってる事を責めるとすりゃ、それはサツの仕事だ。 「そうか……、鷲尾さんよ、あんたはここが深ぇ」 武田は自分の胸を叩いて言った。 つまり、懐が深いと言いたいんだろう。 「そりゃ本気で言ってるのか?」 俺らのやり方を甘いだなんだと言っていたし、俄には信じられない。 「おお、あんたら2人と関わるうちにそう思った、でな、この先も付き合って貰いてぇんだが、借金のカタを相手にするのは無しにしてやる、お宅ら……そういうのは嫌なんだろう?」 そりゃ嫌に決まってる。 「ああ、やりたくねぇ」 「ま、そういうこった、なんにしろ……栗栖、お前が無事でよかったわ、楽しみがなくなるのは俺にとって痛手になるからな、立場を超えたプライベートな付き合いってのは、俺は今までやった事がなかったが、お宅らと付き合ってみていいもんだと思った」 武田は俺らが付き合う事をマジで歓迎していたらしい。 「あの、ご心配頂いてありがとうございます」 栗栖は武田の言葉を聞いて驚きと怪訝さが混ざったような表情をしていたが、寝た状態で奴に頭を下げて礼を言った。 「あのよ~、今日ここに来たのは、栗栖の面を拝みに来たのと、一応……それについて話をしておきたかったんだ、俺が長居しても邪魔だろう、もう帰るわ」 武田は照れ臭そうに言うと、片手をひらつかせて踵を返す。 「武田さん……、わざわざすみませんでした」 栗栖は慌てて武田に声をかけたが、武田は振り向かずに片手をあげて答え、ドアに向かって歩き出した。 俺はすぐに奴の後を追った。 「おい、武田……ちょっと待て」 借金のカタを相手にしねぇと言ったが、それなら誰を相手にするのか気になる。 「鷲尾、また電話するわ、ま、お互い、命あっての物種だ、互いに気をつけようぜ」 武田は振り向いて俺を見ると、至極まともな事を言った。 「あ、ああ……」 お陰で聞けなくなっちまったじゃねぇか。 「へっ、じゃあな」 奴はニヤリと笑い、俺の肩を2度叩いて病室を後にした。 武田は徳真会の若頭で憎い相手だが、たった今、別人みてぇな言動をとった。 とは言っても、付き合いは続行しなきゃいけないわけだから……微妙だ。 俺は複雑な心境で栗栖の元へ戻った。 「若、武田さんが見舞いにくるとは……びっくりしました」 ベッドのそばに行くと、栗栖が興奮気味に言ってきた。 「ああ、そうだな」 「けど、付き合いの件は……いっそ全部無しにしてくれたらありがたいのに」 確かに……。 「ま、奴は俺らと一緒に遊びたいんだろう」 あんな奴でも、一応赤い血が流れてる。 要は寂しいんだろう。 「前に仲間内に趣味が合う奴がいねぇと言ってましたが……、俺も若も無理矢理付き合わされてるだけっすよね?」 「ああ、無理矢理だが、あいつは俺らの事をよっぽど気に入ったんだろう、だからほんのちょっとだけ改心した」 「AVで脅してるのに……っすか?」 「そういう奴なんだ、仕方がねぇ」 俺は不思議と武田に対して腹が立たなかったが、栗栖は見舞いに来たのは評価していたものの、あの趣味についてはそのあと暫くぶつくさ文句を言っていた。 それでも……最後は俺についてくると、また同じ事を断言する。 AVを撮られた後、栗栖に抱きつかれて不意に悲しくなった事があったが、その理由が今わかった。 栗栖があまりにも健気でいじらしく、それが切なく感じたからだ。 「栗栖、俺は女は当分作らねぇ」 一生とまでは言えないが、今はそう思っている。 「はい、嬉しいっす!」 栗栖は勢いよく返事を返す。 俺はこいつの事を可愛い奴だと思っているが、愛か? と自分自身に問いかけたら、やっぱり答えは出ない。 ただ、もしこいつがあの世に逝っちまったら……。 手術室の前に何時間もいた時、疲れ果てて最悪な事が頭をよぎった。 その時俺は『せめて好きだと言ってやりゃよかった』って、そんな事を思ったんだが……。 今はまだ……それは内緒だ。
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