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◇◆◆◇ 武田に会った翌日、夕方になって武田に電話して誘いを断わった。 すんなり頷くと思っていたが、武田はやたらごねてくる。 『悪いが、また機会がありゃ付き合う、今はなにかと忙しい』そう言って電話を切った。 すると、すぐにまた電話がかかってきた。 うんざりしながら出たら『おい、喧嘩両成敗を呑んでやったんだからな、出て来い、ひょっとして俺らが怖いのか? そうなら素直に言え、そしたら納得してやる』とむかつく事を言ってくる。 『なめた事を言ってくれるじゃねぇか、おお、わかった、そこまで言うなら行ってやる、どこの店だ? 時間を言え』頭にきてうっかり言っちまった。 『はははっ、そうこなくちゃな、時間や場所は後で電話する』 奴は耳障りな高笑いをして、連絡すると言って電話を切ったが、栗栖が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。 「若……、今行くって言っちまいましたね、マズいっすよ、おやっさんにも報告しなきゃ」 「ああ、親父には俺が話す」 なにか罠を仕掛けているかもしれないが、あんな言われ方をしたら引き下がるわけにはいかない。 今日は付き合いのあるカタギの飲食店に来ている。 みかじめ料を払ってくれるお得意様だ。 最近じゃ法が厳しくなり、みかじめ料を拒否される事が増えたが、昔から馴染みのある店は、俺らの事を理解してくれる。 新規でも中にはヤクザに興味を抱き、好意的にみかじめ料を出す店もある。 普段はカタギとの付き合いを隠しているが、そういった店にはたまに顔を出す。 若頭の俺が顔を出せば、店主は喜ぶからだ。 うちの親父はカタギとの付き合いも大事にしている。 ヤクザだからといって、無闇にカタギを睨みつけたり、無意味に虚勢を張るのは馬鹿がやる事だ。 俺と栗栖は珈琲をご馳走になっていたが、店を後にして栗栖と共に車に乗った。 「若、俺はお供しますが、もうひとりいた方がいいっす」 「そうだな、誰を連れて行こうか」 武田は信用できねぇ、栗栖の言うようにもうひとり連れて行こう。 「腕っ節の強ぇ奴がいい、そうですねー、秋庭なんかいいと思います」 確かに秋庭は喧嘩がつえーし、いざって時に頼りになる。 「ああ、そうしよう」 「じゃあ、俺から話しときます、若……何があっても、俺は若を守ります」 栗栖はすっと片手を伸ばしてきて、膝に乗せた俺の手を握って言う。 「馬鹿を言うな、そりゃ俺が言う台詞だ」 気持ちは嬉しいが、俺にも立場ってもんがある。 いつも守られてばかりじゃ情けねぇ。 「はい、そうですね、すみません」 栗栖は頭を下げ、手を引いて詫びを口にする。 「お前の気持ちはよくわかってる」 こいつが日頃からよくやってくれてるのは重々承知だ。 俺がカタギだったら素直に『ありがとう』と言えただろうが、俺は変に肩肘を張っちまって……それを口にする事が出来なかった。 「はい」 栗栖は前を見据えて頷いた。 それから屋敷に着くまで、互いに無言のままだった。 俺は先に降りてまっすぐに親父に会いに行き、座敷に入って座卓の前に座った。 武田の事は、話し合いは上手くいったところまでは話しているが、付き合い云々は内緒にしていた。 断れば済む事だと思っていたからだ。 ざっくりと話をしたら、親父は新聞を座卓に置き、老眼鏡を外して俺をじっと見る。 「圭吾、そりゃ絶対なにかあるぞ、あいつら……お前にちょっかい出してくるとはな、わしが断ってやる」 親父が言えば武田もひくだろうが、それだと俺がカッコがつかねぇ。 「いえ……、そんな大した事じゃありません、おやっさんにそんな事して貰ったら、俺は武田に笑いものにされちまう」 「そうか、しかし……お前を行かせるのは気が乗らん、万が一なにかあったらわしは困る、斎藤の時はここまで出来なかったが、お前らと3人でやるのは、今までで最高によかった、わしは女房に愛想をつかされ、独り身になってしまったからな、今から女を探すのは面倒だ、だからな、お前らにはわしの相手をして貰わにゃならん」 「そこっすか……」 てっきり真剣に俺の心配をしてくれてるのかと思ったら……。 ちょっと萎えた。 「あのな、くだらねぇと思うだろうが、わしにとっちゃ重要な事なんだ、わしはイクって事がなくなってきた、いや、歳のせいか弱くなっちまってな、だが中イキならいけるんだ、3P……よかったぞ、圭吾、もう慣れただろう」 親父は精力が衰えつつあるようだ。 そりゃ、もし俺が普通にイケなくなったとしたら、やっぱりショックだと思う。 「そうですか、わかりました、ただ、慣れたかって言われると……まだその……」 体は慣れてきているので微妙だったりするが、慣れたと言い切ったらまた3Pをやらされる可能性がある。 「まだ駄目か、まぁー、じきに慣れる、栗栖はお前を慕ってるからな、あいつの気持ちを汲んでやれ」 「はい、それはわかってます」 栗栖の事は無下にはできないが、恋愛云々となるとハードルが高い。 「で、武田の事だが、どうしてもわしが断っちゃ駄目なのか?」 親父は念を押すように聞いてくる。 「はい、すみません……、お気持ちは有難く思ってます」 そこまで言ってくれるのに申し訳なく思うが、親父が関わる事で向こうが逆ギレする可能性もある。 若頭同士でなんとか上手くやる方がいいだろう。 「そうか……、じゃ、くれぐれも気をつけろ、奴らは女をあてがってくるだろう、絶対に抱くんじゃねぇぞ、後で難癖つけてきたら厄介だ」 「はい、わかってます」 親父には話をした。 それはいいが、武田がいつ誘ってくるか……、正直、憂鬱だ。 「で、わしはこれからちょいと出てくる」 「はい、あの不動産屋の親父っすか?」 親父はカタギの不動産屋の社長と仲がいい。 「そうだ、わしと話がしたいと言うんだ、向こうの行きつけの店で会う」 「そうっすか、警護に3人連れてった方がいいですね」 もしなにかあったら事だ。 「おお、そりゃそうする、どうも徳真会の奴らが怪しいからな、お前も……くれぐれも気をつけろ、敵の巣に飛び込むようなものだからな」 「そうっすね、はい、気をつけます」 親父は出かける用意をすると言って立ち上がり、クローゼットからスーツを出して着替え始めた。 そうするうちに付き添う幹部3人がやってきたので、俺は座敷から退散した。 廊下を歩いて自分の部屋に向かっていると、栗栖が前から歩いてきて、小走りで俺のそばにやってきた。 「若、おやっさんはなんと?」 気になっていたらしい。 「ああ、断ってやると言ったが、断った」 「え、断ったんすか? どうして……おやっさんに言って貰えば行かなくて済むのに」 栗栖の言う通りだが、今回は相手が悪い。 「馬鹿、そんな事をして貰ったら、武田がなにを言うかわかるだろ? 親に断りを言わせるヘタレた奴だと言って笑うに違いねぇ、それに親父が直接徳真会に関わるのは避けた方がいい、余計なトラブルに繋がるかもしれねぇからな」 「あ、そっすね……、確かに」 ひと通り説明したら、栗栖は納得したような顔をして頷いた。 「そういう事だ、俺の事は心配ねぇ、栗栖、お前も早くてめぇのマンションに帰りな、ここにいても用がねぇだろう」 栗栖が親父の屋敷にいたって事は、今夜も付き合いはなさそうだが、それなら自宅に帰ってゆっくりすればいい。 「あの、おやっさんを見送らねぇと……」 すると、遠慮がちに親父の事を言う。 「おお、そうだったな……、じゃ一緒に見送ろう」 武田の事で頭がいっぱいになり、うっかり忘れていたが、親父が出かける時は屋敷にいる子分総出で見送るのが恒例だ。 「はい」 栗栖は嬉しそうに笑って返事を返す。 それから栗栖と共にリビングで待機し、親父が出てきたら、皆で外へ見送りに出た。 「行ってらっしゃいませ!」 車のわきに整列して、車が動き出したと同時に皆で一斉に頭を下げる。 車が去ったら頭を上げ、位が高い者から屋敷に戻る。 毎度お馴染みの光景だ。 「若……」 無事見送りを済ませ、玄関にあがったら栗栖が声をかけてきた。 「なんだ?」 「あの、俺は今夜も予定ないんで、若の部屋にお邪魔していいっすか?」 何かと思や、俺の部屋に来たいらしい。 「そうか……、ああ、かまわねぇが、テレビも置いてねぇし、つまらねぇぞ」 別に構わないが、俺の部屋は最低限の物しか置いてないので、遊びに来てもつまらねぇだろう。 「そんなのいいっす、じゃ、俺は珈琲でもいれてきますんで、その後でお邪魔します」 「ああ」 栗栖はキッチンへ向かい、俺は自分の部屋に戻った。 俺の部屋は1階の隅っこにある。 2階だとなにか緊急事態が発生した場合対処が遅れるので、1階の部屋を貰った。 部屋に戻り、テーブルを前にソファーに寄りかかった。 ソファーと言っても低いタイプだから、デカい座椅子みたいな物だ。 タバコを吹かして1本吸い終えた時に、ドアをノックする音がした。 「おお、入れ」 「失礼します」 栗栖がトレイに珈琲カップを乗せ、頭を下げて部屋に入ってきた。 「ああ、こっちに座れ」 「はい」 手招きしてそばに呼び寄せた。 栗栖は先にカップを並べ、テーブルを挟んで向かい側に正座する。 特別な関係になっても、きっちり礼儀は通すつもりらしいが、堅苦しいのは疲れる。 「足ぃ崩せ、そこまでかしこまるこたぁねぇよ」 「はい、では失礼して」 栗栖はあぐらをかいて座り直した。 「ふう~、な、お前は俺より年上だが、年下の俺に偉そうに言われてムカつかねぇのか?」 立場上の事は答えづらいとわかっちゃいるが、前々から気になってたし、この際だから聞いてみた。 「この稼業はそういうもんだと理解してます、親父に認められたから若は若になった、若が日頃からカタギの衆と仲良くしてるのを、俺はよく知ってます、飲食店に飲み屋、マメに顔をお出しになるから……、カタギの衆も、そんな若の人柄に惹かれるんですよ」 俺が出かける時は大抵栗栖も同行するので、俺の事をよくわかってるんだろうが、嬉しい事を言ってくれる。 「いや……、お前が俺についてきてくれるから、俺はスムーズに事を運べるんだ」 俺だけの力じゃねぇ、栗栖の力添えがあるお陰だ。 よく『下の者を甘やかすのはよくねぇ』と厳しい事を言う奴がいる。 他所じゃ下の者をやたら殴ったりして言う事を聞かせる組もあるが、俺は殴られる程の理由もないのにそんな事をやってると、恨みや瘢痕を残す事になるだけだと思う。 この稼業は暴力がまかり通る世界だが、うちは穏やかな方だ。 栗栖のように自ら従う人間を抑えつける必要は……どこにもない。 「へへっ……、そうっすか? そんな事言われたら照れちまいますよ」 栗栖は破顔して笑ったが、珈琲が冷めてしまう。 「珈琲、ご馳走になるわ」 「はい、どうぞ」 「お前も飲め」 「あ、はい」 カップを持って栗栖と一緒に珈琲を口にした。 「ちょうどいい温度だ」 「そっすか、よかったっす」 やけどしない程度に程よく熱い。 珈琲を味わいながら、ふと思った。 俺は栗栖の一身上の事を全く知らない。 「なあ栗栖、お前は……親は健在なのか?」 こういう世界に入る奴は、家庭環境が複雑だったりする。 栗栖がそうとは限らないが、ちょっと聞いてみたくなった。 「親っすか、俺は親兄弟とは縁を切ってます」 「そうか……」 やっぱりなにか事情がありそうだ。 「親父はチンピラでした、母親は売女、金の為なら誰とでも寝る、兄貴は頭がイカレて行方不明……、そんな感じなんで、俺にとってはここの人達が家族っす、それに……母親のせいっすかね、女ってやつが信用できねー」 栗栖は事情を明かしていったが、モテるわりには決まった女を作らねぇ理由がわかった。 「そうか、ま、皆色々と抱えてるからな」 俺のお袋は売女じゃなかったが、浮気性の親父に愛想を尽かし、俺を捨てて出て行った。 だから、似たようなもんだ。 「若はどうなんですか? ご両親は元気でいらっしゃるんですか?」 今度は俺の事を聞いてきたが、まぁ~聞かれるとは思っていた。 「ああ、あのな、ご両親だなんて……そんな丁寧な言い方するのは勿体ねぇ、お前んとこと似たりよったりだ、だからよ、生きてるかどうか、そんなこたぁ知らねぇ」 「そうでしたか……」 栗栖は深くは聞いてこなかった。 俺の事を気遣ってるんだろう。 「ま、いいじゃねぇか、俺らには仲間がいる」 俺がつい一身上の事を聞いたせいで暗い雰囲気になってしまったが、栗栖の事が少しでもわかってよかった。 「そうっすね、なんか辛気臭くなっちまって、へへっ」 栗栖は罰が悪そうに笑ってみせる。 「親父はいねぇし、今夜は3Pをやらされなくてよかったな」 もし出かける予定がなかったら、きっとまたやらされる。 「あの……変な事聞きますが、俺はああいうのは初めてでした、まぁタチも初なんだし当たり前なんすけどね……、で、正直言うと……悪くねぇなって思いました、若は……どうでした?」 栗栖は3Pの事を聞いてきたが、栗栖には正直に話しても構わないだろう。 「ああ、それだが……俺はタチ以前に、とにかくよ~、ホモセックスにびびってた、ま、親父に付き合わされてちょっとは慣れてたんですんなりやれたが……、こないだやった2本のやつはAVの世界かと思ってたぜ、あのよ~、親父は拡張したって言ってたが、いつやったんだ? それを想像したら笑えるが……、いや、実のところ、親父が女もんの下着をつけるのも……俺は毎度吹きそうになるんだが」 「ああ、アレですか……、あの手の趣味はたまにいるんですよね、どうも……女もんの下着をつけたら興奮するらしくて」 栗栖はそこに関しては意外と淡々としている。 「そうなのか? ふーん、色んな趣味があるもんだな、つーか、俺はよ、体の関係を持つ前に散々あれを見せられた、だからよ~、堪らなかったぜ、笑いを堪え過ぎて腹が痛くなっちまってよ~」 「そうでしたか、ははっ……、まぁ普通は笑いますよね、おやっさんみたいな厳ついタイプじゃ尚更だ、あの~それで、3人でやるのはよかったっすか?」 つい調子に乗って色々暴露したが、栗栖はそっちが気になるらしい。 「ああ、2本な……、あんま認めたくはねぇが、気持ちよかった、お前のが当たるだろ? だからだ」 精神的には嫌だが、気持ちいいのは事情だ。 「そうっすね、俺もなんですが、あれじゃないっすかね、兜合わせ、あれに似てる」 「おお、ナニとナニを擦るやつか?」 そっちに詳しいわけじゃないが、そのくらいはわかる。 「そうっす」 「なるほどな~、いや、親父に付き合わされなきゃ、こんな体験するこたぁねぇんだが、兜合わせか……」 どのみちゲイがやる事だ。 それで思い切り感じたんだから、俺としてはどう考えりゃいいのか、いっそそっちのけがあると認めちまえば楽になれるのか? いや、しかし……やっぱ認めたくねぇ。 「あの……、隣に行ったら……駄目ですか?」 苦悩していたら、栗栖が恐る恐る聞いてきた。 「あ、ああ、かまわねぇ」 隣に座るぐれぇどうって事ねぇ。 「はい、じゃあ、失礼します」 栗栖は頭を下げて隣に座ってきた。 やけにくっついてるが、栗栖は俺の事を慕っている。 その気持ちをくんでやるのも、度量ってもんだ。 「若、手を……握ってもいいっすか?」 そしたらまた恐る恐る聞いてきた。 「ああ、怒りゃしねぇよ、お前と親父、3人であんな事をして……、本音を言や、俺はまだ混乱してるが、今は2人きりだ、構わねぇ」 俺はそっちにゃ全く興味なかったが、親父のせいで自分がどういう人間なのか、わからなくなっちまった。 「ですよね……、俺だって、一番初めに兄貴に『しゃぶれ』って言われて、無理矢理フェラさせられた時は吐きそうだった、それから程なくして……掘られる羽目に、初めてヤラれた時は痛くて涙が出ました、それに……悔しくて情けなかった」 「そうだったな、お前は無理矢理ヤラれて、そりゃトラウマになるよな、俺は相手が親父だし、掘る側だからまだしも……ってとこか」 「俺、ひたすら耐えてました、だけど、ある日兄貴は俺に薬を打った、そこからは最悪っす、わけがわからなくなって……、自分から欲しがった、ほら、こないだ武田さんと会った時に話してた中学生をどうのこうのって話……、あれは俺と同じで薬を使ってる可能性がある、手っ取り早く落とせるから、武田さんならやりそうっす」 「ああ、そうかもしれねぇな、ガキにひでぇ真似をするもんだ」 栗栖は武田の話を出してきたが、武田は金の為ならガキだろうがなんだろうが、平気で食い物にする奴だ。 武田に呆れていると、栗栖が俺に寄りかかってきた。 「あのよ~、あんまり誤解されちゃ困るんだが……、ほら」 一応言い訳して、肩を抱いてやった。 さっき聞いた兄貴云々の話を含め、栗栖の事がやたら気の毒に思えたからだ。 「はい……、わかってます」 栗栖は俯いて答えたが、力を抜いて俺に身を任せている。 たとえ僅かでも、こいつが過去に受けた傷を癒してやれるなら、このくらい……お易い御用だ。
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