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◇◆◆◇ AVを撮られて数日が経過した。 武田は今の所なにも言ってこないが、それがかえって不気味だ。 秋庭は猿化していたので、俺と栗栖の関係には気づかなかったらしい。 唯一の救いとでも言うべきか……。 親父に報告しなきゃならないが、俺は迷っていた。 栗栖と秋庭にはひとまず口止めしてある。 親父に話したら、大事になるだろう。 抗争へ発展するかもしれねぇ。 そうなっても戦う覚悟はできているが、諍いになれば必ず犠牲者が出る。 まずは武田の動きを見て判断するのがよさそうだ。 今日は栗栖と一緒に、事実上親父が経営する闇金の店舗に来ている。 闇金とは言っても、債務者を自殺に追い込むような真似は無しだ。 うちの店は闇金業界じゃ優良店に入る。 ただ、借りた物は返して貰わなきゃならない。 酷なようだが、催促はきっちりする。 ところが、中には逃げて雲隠れする奴がいるので、この手の奴らには困りものだ。 情報網を張り巡らせ、網に引っかかったらとっ捕まえて、少々キツく責め立てる。 今日は支払いの滞った奴らを洗い出し、各々どう対処するか判断しなければならない。 後で詳細を記した書面を下の者に渡すが、判断するのは俺だから……なかなか面倒な作業だ。 「若、珈琲どうぞ」 栗栖が珈琲カップをすっと差し出してきた。 「おお、わりぃな」 「いいえ、どういたしまして……、どうです? 終わりそうですか?」 「ああ、ブラックリスト行きな奴が2人、あとはまぁ~、まずは会社に催促の電話だな」 「そっすか……、にしても、金ってやつは嫌なもんですね」 「ん、そうか? 金はいくらあっても困らねぇだろ」 「はい、だからよくねぇ、いっそ金なんかなきゃ、欲に呑まれて破滅する輩が減るかもしれません」 栗栖は面白い事を言う。 「ははっ、じゃアレか、原始人みてぇに石の金でも使うか、つか……、原始人も金を使ってたんだな」 言ってる最中に、どうでもいい事に気づいた。 「そうっすね、人間は欲の塊だ、欲があるから進歩したってのはあると思います、だけど、欲には限界ってやつがねぇ」 栗栖は小難しい事を言ってため息をつく。 ちょうど夕日を浴びてるせいで、やけに黄昏て見える。 「そうだな、まぁ~、ややこしい事はどうでもいいわ、俺にはどうやったら金を回収出来るか、そこが重要だ」 その後はちゃちゃっと事務仕事を終わらせて、栗栖を引き連れて外に出た。 「若、今夜はまた付き合いっすか?」 駐車場に向かって歩いていると、栗栖が聞いてきた。 「いーや、あのな、誘いはあったんだが、断った、こないだ武田にやられちまって、地味にダメージ食らったのか、やけに体がだるい」 「そっすね……、アレはちょっと、あの……」 栗栖はなにか言いかけたが、車の傍に来たのでとりあえず車に乗った。 俺は助手席だ。 車はすぐに動き出したが、大通りに出るのを待って聞いてみる事にした。 「栗栖、お前……さっきなにか言おうとしただろ、なんだ?」 「あ、はい……、AVの件っすけど、俺、あの時女をあてがわれて、ムカついてました、薬のせいでナニが反応しちまって……、俺、自分じゃ女もイけると思ってるし、事実何度か付き合った事はある、けど……だめなんすよね、ちょっとした事でカッとなって、つい手が出る、で、女は逃げちまう、俺は皆と同じように嫁を貰って家族を持ちてぇ、そう思う気持ちはあるんす、なのに……やっぱ無理っす、俺は若の方がいい、そう思ってしまいます」 栗栖はマジな顔で心境を明かしたが、そっち側になってしまった事に対して、どこかで戸惑いを抱いている。 俺と同じだ。 どう言ったらいいか難しい問題だが、俺が思うに……時間はまだまだある。 「そうか、ま、焦る必要はねぇ、そうだな、直すとしたら……女に手をあげるのをやめるこった」 多分、母親が毒親だったせいで、潜在的に女イコール嫌悪する対象だと、刻み込まれてしまったんだろう。 「そうっすね、はい、やってみます、ただ、今んところ女はいらねぇ、そんな時間があるなら……俺はあなたと一緒にいたい」 だが、あくまでもそう来るらしい。 「栗栖、俺はお前の事を信頼している、それに可愛く思う、いや、変な意味じゃなく部下としてだ」 俺はおんなじ台詞を繰り返すしかなかった。 「それはもう……よくわかってます、若に女ができたら……俺は身を引きます」 身を引くか……。 俺はどう返しゃいいか分からず、黙っていた。 車内が静まり返り、気まずくなってしまったが、不意に電話が鳴った。 助かったと思って画面を見たら武田からだとわかり、気分は急降下だ。 『ああ、俺だ』 『おう、こないだはどうも、あれから編集してな、いいAVが出来上がったぜ』 武田はさっそくAVの話をする。 『ああ、で、なんだ、それをネタにゆするのか? 言っとくがシマは渡さねぇぞ』 あれでシマを要求してきたら、腹をくくって親父にバラす。 『シマか、そいつは喉から手が出るほど欲しいが、お前ひょっとして……親父にゃ話してねぇな?』 武田は確かめるように聞いてくる。 『親父に話をしたら事が大きくなる、あんな事で諍いになるのは馬鹿らしく思えてな』 無理矢理とはいえ、あんな映像を撮られた事が抗争の引き金になるのは、みっともねぇ。 それこそ、指を詰めて詫びなきゃならなくなる。 『そりゃそうだ、やめた方がいい、俺はな、お前の出方を見ていた、穏やかに済まそうって言うなら、俺にいい考えがある』 俺は奴の出方を見ていたが、奴も俺がどう出るか様子見していたようだ。 けど、それもまた何か魂胆があっての事だろう。 『なんだ、どうせろくでもねぇ事だろ』 『あのAVで、お前がそっちもイけるってわかった、だからよ、ちょいと俺の遊びに付き合え、そうすりゃあのAVは誰にも見せたりしねぇからよ』 『遊びってなんだ?』 『前に話しただろ? ほら、お前が事務所にきた時だ、今な、ガキを慣らしてんだ、それを手伝って貰いてぇ』 何かと思えば、自分の趣味に付き合わせるつもりらしい。 『ガキを監禁してるのか?』 『ああ、18だ、へへっ、ちょいと年を食ってるがまだ高校生だ、俺が1回抱いたが、まだ慣らす必要がある、栗栖も一緒に来い』 あん時、武田は俺と栗栖の関係を知ってしまった。 そのせいで完全に誤解している。 『あんな、俺は……はっきり言って、そっちの趣味はねぇ』 『おいおい、なに言ってやがる、栗栖と抱き合ってた癖によ~、今更隠すな、俺もお前も、同じ趣味を持つ仲間じゃねぇか』 『あれは……言ったじゃねぇか、事情があってああなったんだ』 『とにかくだ、AVをばらまかれたくなけりゃ付き合え』 ガキを慣らすとか、そんな趣味はさらさらないが、逆に考えりゃ……たったそれだけの事で、この度の失態も面倒事も全部回避できる。 しかも、ガキっつっても18才だ。 それならギリ許容範囲だろう。 『っ……、わ、わかった』 不本意ではあるが、承諾する事にした。 『へへっ、よ~し、じゃ、また連絡するわ』 武田は機嫌よさそうに笑って電話を切った。 「若……、今の、武田さんっすか?」 栗栖が不安げな顔をして聞いてきた。 「ああ……」 なんだか気が抜けて、力無く返事を返した。 「何か要求してきたんすか?」 「ああ、付き合えって言ってきた」 「付き合う? なにに……ですか?」 「前に奴が話してただろ? 中学生をどうのこうのって、それに付き合えって、そう言ってきた」 「えっ、じゃあ……もしかして、あのAVをネタに、それを要求してきたんすか?」 「そうだ、俺はそっちの趣味はねぇ、だからやりたくねぇんだが、そのガキは18才らしい、ったく……、要は自分の趣味に付き合や、AVはばらまかねぇって事だ、ま、18ならマシかと思ってな、それで事がおさまるなら致し方ねぇ」 「そりゃまた……、てっきりシマを渡せと言ってくるかと、意外なとこにきましたね」 「奴も好んで諍いを起こしたくはねぇんだろうよ」 「そうっすか……、そんな事で済むなら……とは思いますが、若はそういう趣味はねぇのに、大丈夫っすか?」 栗栖は心配そうに聞いてくる。 「だよな、俺も自分でもヤレるか不安だが、奴はお前も参加しろと言った」 「えっ、俺もですか? 秋庭はいらないんすね?」 「ああ、奴は女とヤリまくってたからな、 俺とお前は……奴の前であんな事をしちまった、それで俺らに白羽の矢を立てたっつーわけだ」 武田は俺を仲間だと言ったし、どうやらシマよりも趣味の方を優先したいようだ。 「すみません……、あの時は体がやたら昂って、若の事で頭がいっぱいになって……つい」 栗栖は謝ったが、あれは仕方がない。 「わかってる、どのみち見られたんだ、今更足掻いてもどうにもならねぇ、親父に話したら怒り狂うだろう、俺も不始末の責任をとらなきゃならなくなるが、それよりも、こんな理由で抗争になって犠牲者が出るのは耐えられねぇ」 ここはひとまず武田の誘いに乗るしかねぇ。 「そうですね、わかりました、若、俺もお供します、若と一緒なら、地獄の果てまで御付き合いします、もし指を詰めるような事態になったら……俺も詰めます」 栗栖……そこまで言うのか。 毎度毎度、泣かせる事を言う奴だ。 こいつの忠誠心は正真正銘本物だと、心の底からそう思った。
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