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◇◆◆◇ 笑ったら殺される。 「ッ……」 毎度、全身全霊で吹き出すのを我慢しているが……。 慣れるんだ。 苦節ウン年、俺にはここしか居場所がない。 部屋住みから始まり、デカいシノギをとる為にコツコツと努力し、20代後半で若頭に昇進した。 しかし30を過ぎた辺りから、親父の隠れた性癖を知る事となった。 俺は今、親父の座敷に呼ばれているのだが、目の前で女物のパンティとブラを身につけているのは、香田組の組長、香田敦盛、52才である。 親父には女装趣味がある。 と言っても下着だけだが、折を見て内密に下着ショーを開催するのだ。 観客は俺だけで、他の人間には絶対に入るなと言っている。 親父はガタイがよく、筋トレも欠かさない。 顔つきはいかにもその筋といった強面だ。 そんな見てくれで……下着姿でくるっとターンしてみせる。 フリル付きの紐パンがケツにくい込んでるのが……。 た、堪らねぇ。 「クッ……」 笑っちゃ駄目だ。 正座してショーを拝まされているが、顔を逸らして笑いを堪えた。 「圭吾、どうだ、イケてるか?」 なのに、親父はケツをフリフリさせて聞いてくる。 やべぇ……。 「クッ……プッ……、は、はい、すげーイケてます」 かろうじて答えたが、笑いを堪え過ぎて横っ腹が痛くなってきた。 これはある意味拷問だ。 「圭吾、こっちへ来い」 ただでさえ限界なのに、親父は手招きする。 「え……、っと~、なんすか?」 これまで鑑賞するのみだったが、一体なんなんだ? 「可愛がってやる」 不審に思っていると、突拍子もなく嫌な事を言い出した。 そりゃ確かに、こんな趣味があるんだし、そうじゃねーかと思ってはいたが、そこについては未だはっきりとは分からなかった。 やっぱりそういう事だったのか? 「い、いえ……、観させて貰うだけで十分っす」 当然、お断りするのが賢明だろう。 「わしの言う事が聞けんのか?」 だが、親父は不満げに言ってくる。 「いいえ、めっそうもねー、そんなつもりは」 参った……近くに行ったらなにをするつもりなのか、想像したくない。 「だったら来い」 しかし、行かねばならないようだ。 「はい……」 親父の命令にゃ逆らえねぇ。 渋々立ち上がって親父のそばに歩いて行った。 「お前はなかなかいい尻をしてるな」 すぐわきに立ったら、親父は俺の尻を撫で回してきた。 もう間違いない、完璧にそっち側だ。 「あの……すみません、勘弁してください」 頭を下げて真剣な顔で辞退した。 ケツを掘られるのはゴメンだ。 「掘られると思ったか、残念だが……わしはネコだ」 ところが、親父は予想外な事を言った。 「え……」 ネコ……? 確かゲイ用語じゃ受ける側だったような。 「なあ圭吾、お前、タチをやってみんか?」 「タチ? と申しますと……入れる側っすか?」 俺の言った事は恐らくあってる。 あってるとは思うが、ちょっと待て……親父を抱くとか、それはそれでハードルが高すぎる。 「なんだ、知ってるじゃねーか、お前にはわしの右腕になって貰うんだ、友好を深めなきゃならんからな」 「い、いや……、それなら一緒に飲んだり、あ、ほら……ゴルフに付き合うとか、それで十分だと思いますが」 友好を深める為にヤル必要はどこにもない。 「馬鹿もん、お互いを知ってこそだ、圭吾、わしを抱き締めろ」 なのに、親父は具体的に指示してくる。 「えっ、今っすか?」 ブラとパンティ姿のガチムチ親父を抱き締める。 それだけで軽くダメージを食らうだろう。 「当たり前だ」 拒否したいが、たかがハグだ、そう思うしかない。 「わかりました……」 親父を抱き締めた。 緩めに……。 「馬鹿野郎、もっときつく抱け」 いちいち注文がうるさいが、抗えないのが悲しい。 「こう……っすか?」 ギュッと抱き締めたら肌の温もりがリアルに伝わってくる。 しかもブラが手に触れてきて、なんとも言えぬ気持ちになった。 「おお、いいぞ、お前は経験あるのか?」 「なにが……っすか?」 「男に決まってるだろ」 当然のように言われても困る。 「ないです」 あるわけがない。 「今どき男とやれぬようじゃ駄目だな」 そんな事はないと思うが……。 「そうっすか……」 反論できない。 「しかし、お前……つくづくいい尻だな」 親父はゴツイ手で尻を揉みしだく。 男にそんな事をされても、気色悪いだけだ。 「いえ、ほんと……すみません、そればかりはどうにも……、どうか遠慮させてください」 「わしとやるのが嫌だと言うのか?」 「い、いや、おやっさんだからじゃなく、俺はそっちはちょっと……」 「ふっ、ふはははっ!」 そんな魔王みたいな笑い方をされても、俺にはできない。 「すみません……、勘弁してください!」 体を離して土下座して頼んだ。 「圭吾、お前……、気に入った、ノンケを引きずり込むのも面白い、手始めに……」 どうしてそうなるのか……。 「えっ? あ、あの……」 親父は真ん前にしゃがみこんで顎を掴んできたが、これはひょっとして……。 恐れおののいていると、案の定、強面な顔が近づいてきた。 「ちょっと……ま、待ってください!」 キスなんかされた日にゃ、トラウマになりかねない。 「黙れ、お前を若頭にしてやったのは、どこの誰だ?」 完璧にパワハラだが、それを言われたらなにも言えなくなる。 後頭部をガシッと掴まれ、唇が重なってきた。 「ウッ……」 生々しい感触に背筋が寒くなったが、親父は興奮気味に抱き締めてくる。 膝に手を置いていたので、膝を握って気持ち悪さに耐えた。 それなのに、更なる試練が襲ってきた。 親父はキスをしながら手で股間を弄ってくる。 「ウッ……ウッ……」 髭がザラザラ当たるし、唇を貪り吸われて鳥肌ものだ。 堪らなくなって親父の手を掴んだ。 「なに抵抗してる」 すると、顔を離して言ってきた。 「無理っす……、頼んます」 頭を下げてひたすら許しを乞うしかない。 「圭吾よ、怖いのか?」 親父は目を覗き込んで聞いてくる。 「え、いや……、そういうわけじゃ」 これ以上やりたくなかったが、ヘタレてると思われるのは癪だ。 「よーし、脱げ」 「えっ……」 しかし……やっぱりヘタレそうになった。 「お前もわしとおなじようにしろ」 「えぇ……」 女物のブラとパンティをつけろと仰るのか……。 「心配するな、新しい下着がある」 そこじゃねぇ! いや、確かに穿き古しは嫌だが、そういう問題じゃない。 「おやっさん……、無理っす、出来ません」 前若頭は指を詰めて他所の組に移ったが、下手を踏んだり、重大なミスをやらかしたわけじゃなかった。 一身上の都合かと思っていたが、違う。 きっと俺と同じ目に合っていたから、それで指を詰めてまで辞めた。 「圭吾、おめぇも指を詰めてやめるか?」 そう思ったそばからそれを出して脅す。 「い、いえ……」 指がなくなるのは困るが、ドスでぶった切るのは痛すぎる。 「お前は斎藤と違ってわしに従うよな?」 「そりゃ……、はい」 親父は前若頭の事を言ったが、俺には親父に逆らう勇気はない。 その場で服を脱いでいった。 「そうだ、潔く脱げ」 親父はそばに立って見ているが、スーツを脱いで、シャツもズボンも脱いで、パンツだけになった時、目の前にすっと下着が差し出された。 イチゴ柄のブラとパンティ……。 こんな物を身につけなきゃならないなんて、あまりにも辛すぎる。 「おやっさん……、どうしてもつけなきゃ駄目ですか?」 駄目もとで聞いてみた。 「あたりめぇだろ、さ、早くパンツを脱いでそれを穿け」 「わ、わかりました」 泣きたい心境だったが、下着をつけなきゃ納得しないらしい。 これも若頭としてやらなきゃいけない事だと、そう思うしかなさそうだ。 にしても……。 真ん前に立たれちゃ脱ぎづらい。 「あ、あの……、ちょっと向こうでつけてきます」 「はははっ、いいぞ、ウブな感じが堪らねぇ、おお、行ってきな」 「はい……」 下着を受け取って隣りの座敷へ行った。 襖の陰に隠れてパンツを脱ぎ、パンティに足を通してみたが、小さいからアレがはみ出してしまう。 そしてブラだが、これはつけても意味がない。 当たり前におっぱいはねーんだから。 さて……、つけ終わったはいいが、親父に見せなきゃならない。 いくら親父の命令でも、こんな無様な姿を晒すのは勇気がいる。 襖の陰から、親父の様子をうかがってみた。 そーっとバレねーように顔を出していったら、突如『ぬっ!』っと顔が現れた。 「うおお~っ!」 びっくりして腰が抜けそうになった。 「なははははっ! びっくりしたか?」 親父……なにをやってるんだか……ひょっとして覗き見してたのか? ゲラゲラ笑っているが、俺はマジでびびったし、第一、冗談抜きで恥ずかしい。 「っ……」 その場に立ち竦み、拳を握って俯いた。 「圭吾、どうした、なに落ち込んでる」 「そりゃ……、こんな格好……」 屈辱的だ。 「恥に思う事はない、わしとお前、2人きりだ、これでお前もわしの仲間だな」 勝手に仲間認定されたくない。 「おやっさん、俺は……こういう趣味はよくわかりません」 勇気を出してはっきり言った。 「おお、そうか、よしよし、では記念写真を撮ろう」 でも親父は上機嫌で言ってくる。 「えぇ……」 「さ、ほら、こっちに来い」 「い、いや……、写真は」 後に残る物は困る。 「馬鹿野郎、初披露した記念だ」 なのに、腕を引っ張られて元の座敷に連れて行かれた。 「ち、ちょっと……」 「さ、そこの座卓に片足を乗せろ」 いつの間にかちゃっかりとデジカメを手にして、ポーズを指図してくる。 「あの~、はみ出てんですが……」 パンティがちいせぇから、タマがはみ出ちまう。 足を上げたらモロ『コンニチワ~』だ。 「くっくっ、それがいいんだ、早くやれ」 親父が変態なのはわかっていたが、これは相当な変態かもしれない。 ここでやらなきゃ、どうせまた脅すだろう。 ──こうなりゃヤケクソだ。 「わかりました、こう……っすか?」 座卓に片足を乗せた。 「おお、そのままじっとしとけ」 カメラを構えてパシャパシャ撮り始めたが、ローアングルから撮っている。 はみ出した箇所が写ってるだろう。 もう……知らねぇ。 撮影会はしばらく続いたが、様々なポーズをとらされた挙句、やっとの事で終わった。 親父はカメラを置いて俺の前に立ち、厳つい顔で笑みを浮かべて抱き締めてくる。 「わしとお前だけの秘密だ、わしらは秘密を共有する仲になった、今日はここまでで許してやるが、次は楽しみにしておくんだな」 抜かりなく尻をモミモミしながら言ったが、多分、キスから先に進むって意味だろう。 「どうか、お手柔らかに……」 親父を相手に……あーんな事やこーんな事をやらされる。 そんなのは嫌に決まってる。 いや、相手が誰だろうがホモにはなりたくないが、俺に選択枠などある筈もなく、せめて手加減して貰えるようにお願いするしかなかった。
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