竜さん

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 官軍の大砲による射撃が再開された。  今度は砲撃が山の中腹に集中している。我々が構築した陣地が次々と破壊されていく。  恐らく次は大砲による援護射撃を加えた突撃。同士討ち覚悟でやってくるだろう。  消耗戦だ。  我々はそんな策には付き合わない。  物量で官軍が我々を上回っていることくらいは分かっている。  偵察隊を使って、官軍の動向を探りながら、昨日の夜のうちに部隊を移動させておいた。  我々は今、官軍の陣地にかなり接近しているのだ。  大砲の一斉射撃の再開は予想出来ていた。  一斉射撃中は突撃の準備中だ。そこを突くことにした。  官軍達は食事を取りながら、幾つものグループが談笑をしていた。  隙だらけだ。  各部隊に慎重に接近をするように指示をだす。  正面から取り囲むように部隊を配置する。  我々がかなり接近していることに気が付いていない。  静かに右手を上げる。  一斉射撃が開始される。  響き渡る銃声。  悲鳴を上げて倒れていく官軍の兵士達。  慌てて逃げ惑う官軍。 「突撃!」  大声を上げて指示を出す。  兵士達は銃剣を正面に突き出し、突撃を開始する。  混乱している官軍に容赦なく突撃を続ける。  壮絶な肉弾戦が展開する。  銃剣に貫かれる兵士。近接した銃撃戦により飛び散る鮮血。  取っ組み合いになり、石をもって殴る。  銃で殴り合う。  兵士達の断末魔が響き続ける中、突進を続ける。  兵士達がぶつかり合う距離になれば、近代戦でもこんな展開になるのだ。  私は冷静に銃撃で官軍の兵士達を確実に片付けていく。  銃剣で突っ込んでくる官軍の兵士。  銃で相手の銃剣を払い、蹴り倒して、銃剣を突き刺す。  少しでも距離が空いているなら、銃撃で倒す。  接近戦では、銃床で殴るか、銃剣で突き刺すか。  激しい白兵戦が続く中、官軍は敗走した。  官軍を退けたのだ。  それだけではない。  官軍の武器を手に入れることも出来た。  E国製の銃や最新式のアームストロング砲。弾丸に弾薬も。  だが、ここでの戦いは局地戦にすぎないのだ。  ここで勝利を収めたとしても、他の所が敗れてしまえば、城は落とされてしまう。  官軍は主力を他の陣地に集中させている。  だが、官軍は執拗に小部隊で此処を攻めてきたので、我々は此処を動くことが出来なかった。  奪った官軍の武器を使いながら抵抗を続け、此処は持ち堪えることは出来たが、他の陣地は次々と突破されてしまい、城を落とされ、I藩は官軍の軍門に下ったのだ。  我々も官軍に投降するしか、残された道はなくなってしまった。  だが、この戦いの敗北について想う事。それは、我々は官軍に負けたのではない。E国に負けたのだと言う事だ。  E国が裏に手を回して、F国とD国の動きを抑えたと言う事は、後になって知ったことではあるが……。  我々は官軍に捕らえられ、更に北の地へと強制的に送られてしまった。武士と言う身分は剥奪され、その地で一般の民として暮らすしかないのだ。  仲間もいない北の地で孤独な生活を送る事になってしまったのだ。島流し扱いと変わりない。中には自ら死を選ぶ者もいたが、私は北の地で暮らす事を選んだ。  ここで自ら死を選ぶ事に誇りを感じる事は出来なかった。  生き抜いてやる。  そんな想いが先行した。  私は一人での生活を覚悟したが、妻がついてきてくれたのだ。  妻との結婚は家同士で決めた事。そこで、私は妻には実家に戻る事を勧めた。 「私は貴方の妻ですよ。ここで一緒について行かなければ、貴方と一緒になった意味が消え去ってしまいます」  そうきっぱりと言って、私と共に北の地で暮らすことを選んだのだ。  妻との生活は苦労の連続だった。  慣れない農作業は失敗の連続だった。  妻は笑いながら作業に励んでいる。私は共に過ごすようになってから、妻の笑顔を見たことがあったのだろうか。  今まで私が妻と共に過ごしてきた時間は何だったのだろうか。  そんな気持ちが何度も心の中を駆け抜けていく。  妻と共に此処で生きる。  そんな人生も悪くはない。  そう想えるようになってきた。  山の麓の集落の人達と交流をすることにした。猟のやり方を教えて貰えた。火縄銃を手に入れることも出来た。  私は山に入り猟に精をだし、妻は農作業に精を出す日々。  平穏で穏やかな日々にお互いが喜びを感じていた。  極寒の長い冬でさえ、笑みを浮かべながら暮らすことが出来た。 「悪いな。私の為に苦労をかけてしまって」  私にとって口癖のような言葉になってしまったが、妻は笑みを浮かべながら、囁くように語る。 「何をいっているんですか。私達はようやく夫婦らしい生活が送れるようになったんですよ。苦労とは思っていませんよ」  吹雪になると猟に出る事が出来ない私は、蓑と傘を作りながら、静かに笑みを浮かべた。
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