竜さん

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 長くて辛い冬を何度乗り越えたのだろうか。  ただ、変わっていく季節だけを捉えながら、私達は生き続けている。これから妻と共に年を取っていく。特に大きな変化を求めることもなく、穏やかではあるが、自然の厳しさの中を生きていく。  それが、私達に残された人生なのかもしれない。そう想っていた。  冬の気配を感じだす、短い秋が終わりを迎える頃、私達は何時もと変わらない穏やかで静かな朝を迎えていた。  妻は裏の小さな畑で農作業に営んでいた。  私は鉈を持ち、薪割に精をだす。  不意に響く妻の悲鳴。  同時に熊の雄叫びが耳の奥に飛び込んでくる。  私は慌てて小屋の裏に行く。  血塗れになって倒れている妻の姿があった。  妻の名前を叫びながら駆け寄り、抱き起そうとするが、妻は全く反応をしてくれなかった。  私の感情は一気に爆発した。  火縄銃と弓を持ち、山の中へと入っていき、熊の足跡を追いかける。  絶対に許さない。  地獄の底に叩き落してやる。  必死になって熊を追う。  見つけた。  熊に気付かれないように静かに近づく。  熊は口を真っ赤に染め、血だらけになった右手を舐めていた。  火縄銃を構える。  それが、お前が味わう最後の血の味だ。  火縄銃が火を吹く。  熊の胸に命中した。  熊は叫び声を上げて、走り出す。  心臓の辺りに命中した。  そう遠くへは逃げられまい。  いや。  逃がしはしない。  熊を執拗に追いかける。  熊の動きは鈍くなっていた。  再び火縄銃を構え、引き金を引く。  撃ち放たれた弾丸が熊の腹に命中する。  熊は喘ぎ声を上げ、のたうち回りながら山の斜面を転がり、川のほとりに横たわる。  熊は何とか立ち上がり、川を渡ろうとする。  逃がしはしない。  今度は弓で毒矢を放つ。  熊の背に矢が深々と突き刺さる。  それでも熊は呻き声を上げながら、必死に川を渡ろうとする。  次の矢を放つ。  身体に二本目の毒矢が突き刺さるが、熊は川を渡ろうとする行為を諦めない。  毒が身体に回るのを加速させているようなものだ。  三本目の毒矢を放つ。  熊の身体にしっかりと突き刺さる。  力尽きたのか熊は倒れ込んだ。  毒が効いたのだろう。その前に鉛玉を二発身体に打ち込まれている。その効果もあったと思われる。  倒れた熊に小さな熊が近づき寄り添う。  子供がいたのか。  子供まで殺すことはないだろう。  不意に気持ちが冷静になる。  妻の仇はとった。  何かをやり遂げた感はあったものの、私はやたらと重苦しい虚しさを抱え、小屋に戻ることにした。
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