竜さん

6/8
前へ
/19ページ
次へ
 小屋の裏の小さな畑の隅に妻の墓を建てた。  毎日、手を合わせる。  ただ、何かをするではなく、目的もなく漠然と生きているだけの日々。  全てを失い、彷徨う魂はただ漂うだけで、存在することすら許されないような状態なのだ。  今は死ぬ時ではない。  そんな想いだけで生きている。  暫くは小屋の中をゴロゴロする生活を送っていたが、身体を動かしていないと自分の存在を認識できないのか、猟を再開し、畑の農作物を育てる事も再開した。  妻が生きていたと言う証を、確かめるかのように。  それに、今、死を選んでしまったら、妻が私を向かい入れてくれないような気がした。  生かされた私に何かやるべきことがあるとは思えないが、今を強く生き続けることにだって、何かの価値はあるかもしれない。  今日は、裏の畑で農作業でもやるか。  妻と一緒に作物を育てているような気持になれる。  立ち上がろうとした時、ドアを叩く音が響く。  お客か……。  珍しいな。  麓の集落の人なのか。  そんな気持ちを抱きながら、ドアを開ける。  目の前に一人の少女が立っていた。  少女は鋭い目つきで、私をじっと見つめてくる。  かなり疲れている様子だったので、一旦、小屋の中で休むよう促した。  少女は小屋の中へ入ってきて、正座をして厳しい表情を浮かべ、正面を見据えた。 「お嬢ちゃん。一人かい?ここに何をしに来たのかな」  私の所に滅多に来ることの無いお客に思わず問いかけてしまう。 「私は美緒。竜さんですよね」  私は軽く頷く。 「お願いがあってきました。私の集落を襲った熊を退治してください!」  美緒は力強い声で、両手をつき頭を下げた。  私は頭を上げるよう促す。美緒は真剣な眼差しで見つめ続ける。  確かにかつては人を襲った熊を何度も仕留めてきた。  だが、今ではそのような時は討伐隊を組織して、熊の退治をすることになっている。討伐隊への参加のお願いはあっても、このような私個人に対しての依頼は久しぶりだ。 「私に頼まなくても、討伐隊が組まれて、その熊を退治してくれるのではないかな」  静かに語り出す。 「駄目なんです。討伐隊はその熊にやられてしまいました」  美緒の語気が強くなる。  討伐隊がやられる……。 人間との戦い方を知っているとでも言うのか。 「かなり狂暴な熊だね。私一人ではどうにもならないかな」 「そんなっ!」 「私が狂暴な熊を倒したのは昔の話だよ。今では討伐隊が組まれれば参加することがあるくらいだ。悪いけど美緒さんの願いを受ける事はできないな」  美緒は言葉を失い、一気に落胆する。 「一人でここに来たのかな。今日はここに泊っていきなさい。明日、私が美緒さんの集落まで送ってあげよう」 「私のお願いは聞いてもらえないんですか」 「討伐隊が組まれない事にはね。私一人では厳しい」  火縄銃では一発で仕留めないとこちらが危険な状況になってしまう。討伐隊を潰しているような熊を相手に一発で仕留めるのは、今の私では厳しい。  美緒は下を向き落胆してしまった。 「あの……。私、ここに住んでいいですか。何でもします」 「ここに。ご両親が心配するだろう。家に帰りなさい」 「帰る家は熊に破壊されました。家族も私以外、殺されてしまいました。だから此処にきたんです」  最後の語気がやたらと強く感じた。  結局、私は美緒のお願いを聞くことになってしまい、美緒との共同生活を始めることになってしまったのだ。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加