竜さん

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 美緒は裏の畑の農作業をお願いすることにした。家が農家だったこともあり、手際よく作業を進めている。  私は猟に出る日々だ。  今の私を見て妻は何て言うだろうか。賢い選択をしたと言ってくれるのだろうか。  分からない。  美緒を見ていて想う事。  あの時の私の答えは正解だったのだろうか。素直に願いを受け入れ、人食い熊に戦いを挑むべきだったのだろうかと。  かつては、一人で良く獰猛な熊を相手にして、仕留める事が出来ていたが、最近では討伐隊に参加して行うようになった。一人で獰猛な熊に挑む自信がないのも事実なのかもしれない。  老兵は一人静かに消えていく。  それで良いのではと何度も自分に言い聞かせる。  『自分に正直に生きるのが良いのでは』  亡き妻の語りが聞こえてきたような気がした。  ある日の夜、美緒と囲炉裏を囲んで食事をしていた。 「竜さん。私に火縄銃と弓を教えてください」  突然、美緒が私を見つめて、真剣な表情で話し出した。 「目的は例の熊に戦いを挑むことかね」 「そうです」  美緒の意志の硬さを感じる一言だった。 「美緒さん。まだ子供の貴方では、銃や弓を扱うのは無理だ。覚えたいならもう少し成長してからの方がいい」 「今から身に着けたいんです。あの熊を退治しないと、家族が浮かばれません」 「気持ちは分かるよ。けどね、その熊を退治したところで、家族は戻ってこないよ。私もね。妻を熊に殺された。その熊を退治したけど、未だに妻を失った苦しみからは解放されていないよ」  私は自分の経験を踏まえて、美緒に言って聞かせようとする。 「それでも教えてください。駄目ですか」  美緒の真っ直ぐな視線が突き刺さってくる。  それでも、熊と戦う事は命を危険に晒すことになる。常に死と隣り合わせだ。  美緒にそんな危険な道を歩んで欲しくはない。 「もう少し大きくなってからだ。子供が扱えるものではない」  私は語気を強めた。  美緒は下を向き、静かになったけど、内に秘めた想いの強さをヒシヒシと回りに漂わせていた。
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