戦い

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 私は老木を登り、穴の2間ほど上に陣取る。  枝と枝の間に身体を押し込み、火縄銃に弾丸を込めて、火縄に火を点けて、狙いを定めながら構える。  来い!  お前はこの大木に続く一本道を突進してくるはずだ。  硫黄の匂いが漂う中、じっと待ち構える。  お前は巣穴に近づき子供の死を感じ取る。  そして、辺り一面に漂う火薬の匂いに怒り、突進してくる筈だ。  お前の大好きな人間が、お前の巣穴の上にいるのだからな。  火皿からの火薬の匂い。  火縄が焦げていく匂い。  独々の慣れ親しんだ異臭が、異常な程の静寂を作り上げる。  枯れた枝が折れる音が響く。  重量感のある湿り気のある音が少しずつ近づいてくる。  さあ来い!  私が作り上げてしまった怪物よ。  茂みの低木がメキメキと折られていく。  巨大な熊が姿を現した。  熊は牙を剥き出し、唸り声を上げる。  大木に向かって突進してくる!  このまま突進して来い。  熊の頭部が数秒後に到達する位置に狙いを定める!  引き金を引き、火皿の火薬に点火されると同時に、火縄銃の銃口から弾丸が発射される。  硝煙が漂う中、弾丸が熊の頭を捕らえた。  熊の頭から鮮血が弾ける。  だが、熊の突進は止まらなかった。  身体をこの大木に思いっきりぶつけてきたのだ。  激しい振動。  火縄銃と弓が落ちてしまう。  熊は呻き声を上げながら、両手で大木を殴り続ける。  激しい振動を身体に感じながら、必死に大木から落ちないようにする。  弾丸は確実に急所に命中したが、この熊は倒れない。  正に怪物だ。  熊は牙を剥き出しにして、何度も両手で大木を殴り続ける。  狂おしき光景が展開する中、私は短槍を手にする。  お前のような怪物を相手にするのだ。他にもしっかりと準備はしてきた。  どうした。  怪物!  私はここだ!  ここまで登ってこい。  怪物の今までにない異常な咆哮。  怪物の口が大きく開いた時。  私は大木から飛び降りる。  槍が怪物の口の中へと深々と突き刺さる。  槍は私の体重が乗り、更に熊の内臓の奥へと突き刺さっていく。  槍にはトリカブトとは別の植物の毒を塗っておいた。  この毒になら耐性はあるまい。  熊の喘ぎ声が小さくなっていく中、自分の意識も遠のいていくのを感じる。  私の脇腹に深々と熊の爪が喰い込んでいた。  止まりそうにない酷い出血。  息も苦しい……。  肋骨が折れ、肺に突き刺さったと言う事か。  どのみち……。  今回の戦いで助かろうなんて想ってはいなかった。  美緒にまた寂しい想いをさせてしまうな。  済まない……。 「貴方は貴方らしく、しっかりと生き様を示せたのでは」  亡き妻の声が聞こえた……。  熊がゆっくりと後ろに倒れ込む。  身体がゆっくりと地面に向かって落ちていく……。
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