竜さん

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竜さん

 私は唐草 竜之進(からくさ りゅうのしん)。かつてはI藩に仕えていた武士だったが、今は竜さんと呼ばれている猟師だ。  かつては妻もいたが、熊に襲われて亡くなってしまった。日々を特に目的もなく、一人で何かを深く考えることもなく生きている。  猟を生業としているが、山小屋の裏に小さな畑もある。猟と軽い農作業をこなしていれば、生きていくだけなら、特に困りはしない。  生きていくだけ……。  いいのかそれでと思う時もあるが、何かをやるには歳をとってしまったし、今更、私が何かをしたところで、世の中が変わることは無い。  武士が世の中を司る時代は終わったのだ。私のような古い人間は、消え去るのみとなってしまう。  最後まで抗ってはみたが、新しい時代の波に押し流されてしまったようなものだ。  結局は、北の最果ての地に追いやられ、ここでどうにか暮らしているような状況になってしまった。 「今を生きている。それで良いのでは」  亡き妻もそう言っているような気がする。  日が登り、朝が訪れ、日々の暮らしが始まり、日が沈むと共に日々の暮らしが終わる。  変化のない平穏な日々。  それが当たり前となり、その当たり前が続くことが幸せなのだと、今になって感じる時もあるが、どのような人生を送る事で幸せと感じるかは、人それぞれの人生観によって変わってしまうものだろう。  人は多くの選択を行って、今の人生を築いている。その多くの選択の中に、幾つかの誤った選択もあっただろう。  今を悲観している訳ではないが、私は時折、想うのだ。  あの時の選択は間違っていなかったのかと……。
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