一曲目 よくある始まり

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 そして、牽くものを失った馬車は暴走──することなく、走る力を使い切って停止。なにしろ、馬車を牽いていたのは本来のゴーレム馬ではなく人間だったのだから。 「──へっへっ……ゴホッ……、ぜー……ハー……、ぜー……ハー……、よ、ようやく追いついた……ぜ。大人しく、そ、その馬車に積んでる荷と金目のもの、ぜ、全部……ぜー……ハー……、置いてきな!」  こうして、遂にわたしたちは盗賊に追いつかれてしまった。  しかし、どうやら盗賊たちに掛けられている強化魔法は相方が使っていたのとは別種のようで、まだ魔法の効果が切れていないだろうに肩で息をするほどに盗賊たちは疲労困憊。  これなら、わたしだけでも盗賊たちを蹴散らせる。優れた戦闘技術があればの話だけど……。  だがしかし、残念ながら、わたしは吟遊詩人。唄うことや楽曲を奏で旋律を紡ぐことは出来ようとも、荒事はからっきし。一応、幾つか魔法は使えるが、戦闘などの荒事の現場における吟遊詩人の役目(ロール)は、その荒事の終始をつぶさに観察し、後に其れ等を元に曲を作りそれらを旅行く先で披露すること。……まあ、なかには師匠みたいに吟遊詩人でありながらも、超スゴ腕冒険者なんて例外もいるけれど、それはそれ。  なので、わたしの取るべき選択肢は“相方が受けた依頼の荷運びの荷は諦め違約金を払う覚悟をして、自分の荷物と相方の身柄を確保してトンズラ”がベスト。それに、違約金を払うのは相方だし。故に、 「いいわよ、馬車の荷はあげる」 「ほ、ほう、……は、話の分かる小娘じゃあねーか」 「だから、わたしと彼は見逃して、ね♪ 瞬灼光(フラッシュ)!」 「──!? ギャアーあアーー!! 目がァーーッ!!!!」  『力ある詞』だけでも発動可能な、下手したら失明しかねない程の光量を一瞬だけ発揮する魔法で、追いついた盗賊に不意打ちをかまし、自分の命の次に大切な楽器が入ったケースならびにその他の自分の荷物を手に取り、馬車の下敷きになっている相方を回収するべく馬車の前方へ。
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