猫のタマ、走る

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猫のタマ、走る

 猫は走っていた。首輪にぶら下げた小袋には、イヤリングが入っている。  イヤリングがなんなのか、猫のタマにはわからないが、とにかくこれを飼い主の『コイビト』に届ければ、そのコイビトがタマに素敵な物をくれると、飼い主に言われたのだ。  人間には無理な道を知り尽くしているタマは、最短時間で街を走り抜けて、無事、コイビトの家にたどり着いた。 「ニャー!」 「あら、タマちゃん。1人?  あら? これはなあに?」  コイビトの美咲(みさき)さんは、長い黒髪をさらりと落としてかがみ、タマの首輪から小袋を外して中身を見た。 「まああ!素敵!」  透明と白色のマーブル硝子でできた、小さな百合の花のイヤリングだった。 「あの人からね? タマちゃん、私ね、24年前のちょうど今頃に生まれたのよ。届けてくれてありがとう。お礼に、これあげる。」  美咲さんが引き出しの奥から取り出したのは、小判だった。小判煎餅などではない。本物の小判だ。 「ニャ、ニャー……」  タマはちっとも嬉しくなかった。 「うふふ、相変わらずもふもふでツヤツヤね。よくお世話されているのね。あの人、のんびりやさんだから……。会えて嬉しい。」  美咲さんはタマを撫でて微笑みながら、意味深な言い方をした。タマはそれどころではない。 「ニャニャニャ、ニャニャー!!」 (こんな物より猫缶がよかった!!)  だが、美咲さんに猫の言葉がわかるはずもなく、小判が小袋に入れられて、 「じゃあ、帰り道気をつけてね。」 と、送り出されてしまった。  タマは復路を走り出した。 (飼い主ならきっとわかってくれる!)  そう信じて、猫缶がよかったんニャ!の思いを飼い主に届けるため、寄り道もせずに走った。現物では抱えきれないほどの猫缶が買える小判を、首にぶら下げて。  タマが猫缶を一心に思って走っているとき、美咲さんはプレゼントのイヤリングを日差しにかざして眺めていた。 「アクセサリーなんて、ろくにしたことないけど……。今年はこれに合う浴衣でも買ってみようかな。」  近所の河川敷では、今年、数年ぶりの花火大会が開催される予定だ。
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