巫女は鈴の音と共に

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 清々しい、と言うよりはもはや蒸し蒸しと暑苦しい夏の朝。  いつ以来かと思うほどにすっきりした気持ちで目覚めた山住は、ふと思い立って出勤前に街の神社へと顔を出した。  石段を上るだけですっかり汗をかいてしまう。  境内では、街の人達がラジオ体操の真っ最中だった。  気づいた者が、体操を続けながら軽く会釈をくれるので、手を振って返す。  いつもなら絶対にしない行為だが、今日は何故か無性に、そんな気分に襲われて、山住は参拝を行う。  二礼二拍手一礼。  じっと目をこらすと、格子戸の隙間から御神体が見える。  いつ見ても虎やら蛇やらの特徴が入り混じった、キメラ感あふれる木彫りの像で、見慣れているはずなのだが、そこにある事に、彼は何故か妙な安心感を覚える。  今日は、昨日、途中で倒れた現場監督へ今一度聞き取りの予定だ。  医者の話では心労からくるものだろうと言っていたので、病院のベッドで一晩過ごしたのであれば、多少の聞き取りは問題ないだろう。  そんな事を考えながら、踵を返した山住は、ふと、鈴の音が聞こえた気がして振り返る。  社から巫女さんが出てくる。そんな気がしたのだが、御神体が小さく見えるだけであった。  いささか寝すぎて、夢で見た事でも思い出してしまったのだろうか。  適当にコーヒーでも腹にいれて、改めて目を覚まさせようとパンパンと顔を叩いて歩き出す。  鳥居をくぐる所で、彼は人とすれ違う。  再び、鈴の音が聞こえたような気がしたかと思うと、急に眩暈を覚えて彼はうずくまってしまう。  後ろから、先ほどすれ違ったと思しき人物が近づいてくる気配がする。  相手は、一旦彼の後ろで立ち止まると「きちんと祀っていただき、ありがとうございます」と呟いて立ち去っていく。 「な――ん――あぐっ――」  その声を聞いた山住の脳裏に急激に、昨夜の出来事がフラッシュバックして思い出される。  眩暈が収まり、すべて思い出した山住は体を起こすと、境内への石段を下りる八重の姿を見つける。 修正が記憶にまで影響するとはちゃんと説明を受けて無かったぞ、と苦言を呈するために声をかけようとしたが、ぐっと踏みとどまる。  恐らく、本当なら思い出さなかったはずなのだ。だが、昨日彼がこの境内で彼女を見つけられたように、少々予定以上に強い縁が彼と彼女の間に出来てしまったがゆえに、たった今、思い出せたのだ。きっと、都田なんかは今頃全部忘れている修正された記憶のまま呑気に過ごしているはずだ。  そして、彼女の、八重の事である。それに気づき、こうなる事も見えていたはずなのだ。  それでも、彼女は御神体の様子を確認し、そして何も告げずに去っていく。  それはつまり、彼女と、そしてあの狐の影はあくまでも、我々の常識の外にいるのであり、知らず知らずに、忘れてしまい、存在していないものとして扱われる事を望んでいるという事だ。  昨日山住が触れたあちら側に、いたずらに接触する人がいないように、と。  それならば、どうして呼びかける事が出来ようか。 彼女をまたこちら側に、いや、自分からあちら側に飛び込むことがどうしてできるだろうか。  彼に出来る事は、覚えている事。そして、今回の件を解決してくれた感謝をする事だけなのだ。  山住は改めて、去っていく彼女に深々と頭を下げる。  それに応えるように、彼女が小さく手を挙げるのが見えた。  まったく敵わないな、と山住は頭をかく。  そして祈る。彼女の役目が無事に果たされる事を。 「達者でな」  そして誓う。あの土地神だった存在が救われるまで、この街の人々と共に詣で続ける事を。 「土地神様がまた暴れない程度には、街の治安を維持できるように、お勤め頑張りますかね」 《了》
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