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ストーカーとかだったら気持ち悪いけど、プロなら仕事って割り切ってるだろうし。まあ、こんななんの取り柄もない普通の会社員の調査なんて、大して面白くもないことやらされて気の毒だとは思うけど。
「いいんだ」
そう言って杏樹はまた笑った。
「なんだよ、オレなんか変なこと言ってるか?」
あんまり笑われると、心配になる。
「普通は怒るところだからさ」
怒るも何も、オレなんかの調査をさせられた人に申し訳ない。本当にただの日常を見せられてただけだと思うから・・・て、ほんとにそうだよな?オレ、なんか変なことしてないよな?
ずっと見られてたと思うと、オレは今までの自分に自信がなくなってくる。
別に恥ずかしいことなんて、してないよな・・・?
「なぁ・・・変な報告とかなかったよな?」
心配になって思わず訊いたオレに、今まで笑ってた杏樹の表情がすんと無くなる。
え?
オレ、なんか変なことしてた?
急に静かになった部屋に、オレはドキドキしてくる。
ほんとにオレ、なんかしたのか?
そう思った時、杏樹が少し寂しそうな顔をする。
「別に変なのはなかったよ。ただ、あの人と飲んだとか、あの人と遊びに行ったとか、あの人と夜お泊まりしたとか・・・」
そう言って杏樹は横を向いてしまった。
あの人って・・・。
「だからあれは親友だって言ってるだろ。それに、別に2人きりで会ってたわけじゃない」
あの人とは先月結婚したあいつの事で、確かによく飲みに行ったり遊んだりはしたけど、どれももう1人と3人で出かけてたはずで、それも調査されてるはずだろ?
「でも泊まるのはあの人だけだった」
「それはもう1人はアルファで、あいつはベータだからだ。オメガのオレがアルファと泊まるなんておかしいだろ」
しかもパートナー持ちなのに、泊めたりできるわけが無い・・・て、それもちゃんと調査済みなんじゃないのかよ。
だけど、確かにあいつらと出かける回数は多かった。特にここ1年はあいつの結婚が決まったので、こういうことも最後かといつもより多かったけど、断じてあいつとはそう言う関係になったことは無い。
オレは外では酒は飲まないけど、親友のあいつらとだけは酒を飲んでいた。それはあいつらを信用していたからで、その分安心して酔うことが出来たんだ。だけどそんな関係を知らない人が、酔っ払った2人が同じ部屋に入り一晩を過ごすのを見たら、そういう事をしていると思うかもしれない。だって中までは覗けないから。
「すごく仲良いよね。お互い理解し合ってますって感じで。いつもの店でいつものように飲んで、いつものようにあんたの部屋に消えていって・・・。オレはその度にどんだけ・・・」
「いやだから、そこにはもう1人はいただろう?確かに泊まるのはあいつだけだけど・・・」
と言ったところで思った。なんか、まるで実際に見ていたみたいじゃないか。
「調査報告って、そんなとこまで書いてあるものなのか?」
仲良いとか、理解し合ってる関係とか。
そんな調査員の私見まで、記載されてるのだろうか。
そう思って杏樹を見たら、横を向いたままこちらを見ない。
「もしかして、ほんとに見てた?」
オレを調査していたのならオレの行動は知っていたわけで、オレたちがいつも行く店も分かってたんじゃないか?
「・・・いつもじゃない。だけど、仕事がない時は行ってた」
それはつまり、オレがあいつらといる時に近くにいたってことか。
こんな派手な有名人が、よくもまあ周りに気付かれずにいたもんだ。
「会いたかったんだ。ただ近くで見るだけで良かったんだ」
その言い方に、少し引っかかる。見るだけでって、それはあいつらと一緒の時じゃなくても?
「今までどんだけオレを見に来てたんだよ」
自分でも少し驚くくらい低い声で言ったオレに、杏樹は観念したように今までの事を話し始めた。
するとその行動に、オレは驚くのを越して呆れてしまった。だってこの2年、こいつは時間があればずっとオレを見に来ていたのだという。
朝はオレのマンションの前にいてオレが出てくるのを待って一緒に会社まで行き、仕事の間は近くのカフェで会社を見ながら時間を潰す。そして退勤時間になったら出てきたオレの後ろで一緒に帰っていたらしい。
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