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いくらそんなことは無いと否定したいオレだって、ここまで来たら確認せざるを得ない。
オレは会社帰りにドラッグストアに寄って検査薬を買った。まさかこのオレが、これを買う日が来るとは・・・。
そう思いながら家に帰り、着替えて一息つく。
買っては見たものの、まだ試す勇気がない。
もしも本当に陽性だったら・・・。
いや、そんな可能性は低いんだから、ここは早く検査して安心しよう。
オレの中で葛藤が起きる。
だけど、一人でいくらそんなことを思ったところで、意味は無い。もうここはやるしかないと、オレは勢いよく立ち上がった。そして向ったトイレの中で、オレは盛大なため息をつくことになる。
浮き上がる赤い線。
それは妊娠陽性を意味する。
オレはしばらくそのまま、トイレの中で項垂れた。
なんでこうなったのか。
確かに身に覚えはある。アルファとしたし、中に出された。それもたくさん、何度も何時間も。そしてアフターピルは飲んでいない。
だけど、オレは発情していなかった。発情期はその前の月にあったばかりだし、オレの周期は割と正確だからそんなすぐに来ることは無い。だから絶対に発情してなかったはずだし、発情していなければいくら中に出されたって妊娠することは無い。
なのに現実は・・・。
オレはべちんと両手で頬を叩いた。
グダグダ考えたって仕方がない。
何をどう思ったって、実際オレの腹には赤ん坊がいるんだ。だったらここで腹を括るしかない。
オレは立ち上がってトイレを出ると、検査薬をゴミ箱に捨てた。そしてコーヒーを入れようとカップを手に取るけれど、ふと考えて牛乳を注いだ。
とりあえず落ち着いて、今後のことを考えよう。
オレは牛乳の入ったカップを持っていつもの定位置に座った。
できてしまったものはしょうがない。
じゃあこの子をどうするか?
そんなの決まってる。生むつもりだ。どんな経緯で出来たってこの子に罪は無いし、もともとオレには堕ろす選択なんて初めからなかったのだ。
ただオレの人生設計に『子供』はなかったので、ちょっと動揺してしまったのだ。
オレはずっと一人で生きていくつもりだった。だから一人の人生計画はあったけど、ここに子供が増えるとなると、さて、どうするか。
一瞬あの男の顔が頭に浮かぶ。
一応あの男のマンションの名前と部屋番号はメモってきたから、もう一度会おうと思えば会えるのだけど、オレはそうする気はなかった。だって行ったところで顔を顰められるのがオチだからだ。
出来たら結婚すればいい。
あの男はそう言ってたけど、出来てないことを前提とした発言だったし、あの男はすることしか考えてなかったから、本気の言葉とはとても思えない。だけど金だけは持っていそうだから、慰謝料としてお金をくれるかもしれない。
だけど、そんなことオレはしたくない。
妊娠を盾に結婚も金もせびりたくない。そんなオメガには落ちたくないから。だからオレは、一人でこの子を育てていく。
父親なんていなくても、子供は育つ。
そう思ってオレは、頭の中からその男を追い出した。
それからオレはこれからの事を考える。
生まれるまでのこと。
生まれてからのこと。
会社は福利厚生のしっかりしたところだからそれに関しては大丈夫そうだけど、ひとり親だとやっぱり手が足りない。すぐに保育園を探すとしてもそれにはお金がかかるだろうし、でも子供が小さいうちは当面残業なんて出来ないだろう。もしかしたら短縮しなければいけないかもしれない。
普通ならここで親を頼るところか・・・。
頭に両親の顔が浮かぶ。
幸いうちは絶縁するような険悪な親子関係ではなく、至って普通の関係だ。しかも地方出身では無いので、実家は同じ東京にあり、オレの家とは車で30分程度。それに母は、3年前に結婚した弟のところの子供を、姑の立場で可愛がれないとぼやいていたので、オレに子供が出来たと言ったら嬉々として飛んで来るだろう。
父も母も手伝って欲しいと言ったら喜んでしてくれると思うけど、それを言うには先ずなんで子供が出来たのかを説明しなければならないわけで、あんなにアルファを警戒していたのにワンナイトで妊娠しましたなんて・・・。
言えるわけが無い。
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